じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

DVD『生きた正倉院 雅楽』

 

これは三月に東大寺の修二會(しゅにえ)[お水取り]を聴聞したときに立ち寄った正倉院の写真。外構は公開されていますが(宮内庁ホームページ内の案内)、この日は平日なのに午後3時過ぎの到着だったので、残念ながら門の外から眺めることしかできませんでした。この札に書かれているように、現在宝物は別の棟に移されています。正倉院には、1200年以上に亙って天平時代の御物、美術工芸品や文書などが保管されていました。そこには唐、西域、ペルシアなどシルクロードを経て持ち込まれた文化財が数多く含まれており、日本文化の源流を辿るための貴重な資料庫ともいえます。

じつは、正倉院には琵琶、笛、太鼓など、その他いくつもの楽器が残されていました。なかには渡来元の中国でもその後伝承が途絶え、この正倉院にしか残っていないという楽器もあります。こちらの宮内庁制作の「正倉院ホームページ」内の「正倉院宝物検索」で、「楽器・楽具」の写真をほんのごく一部ですが見ることができます。

かつて国立劇場では、木戸敏郎さんを中心としてこれらの楽器の復元が行なわれました(現物はさすがに傷みが激しかったり、殘缺しか存在しなかったりするので、寸法や材料を精密に調べて同じものを新しく作るというやり方です)。その際には雅楽師の芝祐靖さんをはじめ邦楽器の演奏家の方々に加え、高橋悠治さんや一柳慧さんなどの作曲家も監修者として関わり、こうした復元楽器のための新作も委嘱されてじつに興味深い音楽がいくつも生まれました。(その内の一部は、楽譜とCDをセットにした春秋社の「現代の日本音楽」シリーズなどでも聴くことができます)

その後は、国立劇場以外でも正倉院楽器の復元が行なわれるようになります。たとえば映画「ラスト・エンペラー」の音楽で坂本龍一さんと一緒にアカデミー賞を受賞した劉宏軍(りゅう・ほんじゅん)さん(1993年に日本に帰化)は、正倉院楽器に魅せられて復元楽器による「天平楽府(てんぴょうがふ)」を結成し、精力的な活動を展開。こうした天平音楽の再現と普及の功績が認められて、平成16年度・第24回伝統文化ポーラ賞『国際賞』を受賞されています。当日本伝統文化振興財団理事長の藤本とも長いおつきあいのある方です。→ 天平楽府 劉宏軍さんのホームページ

また作曲家の一柳慧さんを中心とする復元楽器アンサンブル「千年の響き」は、宗教法人真如苑の学術文化支援プロジェクトのひとつとして、楽器の新たな復元を丹念に積み重ねると共に、国内のみならず世界各地のキリスト教の教会などで、復元した正倉院楽器と声明による演奏会を行なっています。公式ホームページ()は更新が止まっているようですが、今年2011年も神奈川県民ホールで演奏会が開催され()満員の盛況でした。

そして復元正倉院楽器による演奏を行なう団体としては、前述した国立劇場での復元プロジェクトに関わった芝祐靖さんが設立した雅楽団体「伶楽舎(れいがくしゃ)」も忘れることはできません。当時、芝さんが国立劇場からこれらの楽器の合奏作品を委嘱されて誕生したのが、20世紀初頭に敦煌莫高窟(ばっこうくつ)で偶然発見された10世紀末に筆写された全3グループ25曲の琵琶の楽譜(通称「敦煌琵琶譜」)に基づく、復元創作曲のシリーズでした。当財団では、この芝祐靖さん作曲の「敦煌琵琶譜による音楽」シリーズの第二グループ全曲を、今年2011年7月に伶楽舎による新録音で発売予定です。(レコーディング時のレポートは当ブログの過去のエントリーをご覧ください→ 「雅楽・伶楽舎のレコーディング」

この敦煌琵琶譜ですが、じつは中国では唐の時代の琵琶音楽と記譜の伝承がその後絶えていたので、発見当初は解読不能とされていました。しかしそれが、千年を越えて伝承されてきた日本の雅楽の譜面の伝統を手がかりにして読み解くことができたという脈絡がありました。さらにまた、正倉院には、この敦煌琵琶譜よりも二世紀を遡る時期に書かれた史上最古の琵琶譜「番仮崇(ばんかそう)」があって、これは芝祐靖さんの手で復曲されたものを以下の1999年発売のCDで聴くことができます。『甦る古代の響き 天平琵琶譜「番假崇」(循環するシルクロード実行委員会・編)』(コジマ録音 ALCD-2001)

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正倉院に残された楽器の内、その後日本の雅楽でも使われなくなった楽器も多数あります。しかし雅楽の音の始源に通じるさまざまな楽器を知ることで、日本の「雅楽」を新しい視点で見つめることも可能になってきました。そうした観点を機軸に据えて最近作られた雅楽のDVDがあるのでご紹介します。

2009年に発売されたDVD『生きた正倉院 雅楽』では、日本で千年を越えて伝承されてきた雅楽を、宮内庁だけでなく各地の神社など多様な継承の姿を紹介しつつ、正倉院に保存された楽器を通してその源流に思いを馳せるというコンセプトで制作された画期的な映像作品です。収録演奏内容は以下。いずれもごく一部のみの収録ですが資料的価値は高く、また(*)印の三曲は本編とは別に全曲の演奏映像を視聴できます。

《1》「生きた正倉院 雅楽」 (28分)
 伊勢神宮[神宮 秋季神楽祭|迦陵頻(*) 延喜楽(*)]
 天理大学雅楽蘭陵王 八仙|謡物:催馬楽 葦垣]
 国立劇場宮内庁式部職楽部|萬歳楽]
 四天王寺聖霊会(重要無形民俗文化財)|演奏:天王寺楽所雅亮会|振鉾 蘇利古 甘州 菩薩|獅子 林歌 太平楽(*) 貴徳]
 春日大社[明治祭 奉納舞楽|和舞(倭舞)|演奏:南都楽所]
 春日若宮おん祭重要無形民俗文化財)[蘭陵王 貴徳|抜頭 落蹲]
 正倉院復元楽器合奏 伶楽舎[曲目:番假崇|編曲:芝 祐靖]

《2》「甦る古代音楽の響き
芝祐靖氏による天平琵琶譜の復元解説 (26分)

《3》「悠久の舞楽
 ※本編では一部だけ登場する演奏のフルバージョン
延喜楽(11分)/迦陵頻(14分)/太平楽(11分)

《4》「デジタル小冊子 雅楽文化論


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左が日本版DVD、右が英語版DVDのジャケットです。英語版では、《1》のナレーションが日本語・英語で選択可能となっていて、また《1》と《3》に英語解説の静止画面が入り、映像内のキャプションに英語が追加されています。ただし、芝祐靖さんの登場する《2》は英語ナレーションも字幕もなく、静止画で文章が表示される《4》も英語対応にはなっていません。日本語版と同じものが収録されているのでご注意を。またDVDケース内には、日本語版と英語版のどちらにも解説冊子は付いていません。

よく見たら英語版ジャケットで伶楽舎の皆さんのお名前のローマ字表記が何箇所か間違っているのに気づきました。Takashi Ishikawa → Ko Ishikawa、Tamami Higashino → Tamami TonoKei Yaotani → Satoru Yaotani、Reimi Miura → Remi Miura、そして日本語版でジャケット表示の漢字が「伶楽舍」となっていますが、正しくは「舍」ではなく「舎」ですね。

それから《4》のデジタル小冊子ですが、目の悪い私には画面の文字が小さすぎて読めなかったのが残念・・・。

本作の制作・監督は、電通映画社(1996年、電通テックに社名変更)で数々の映像作品制作に携わって受賞歴も多い1948年生まれの吉村隆さんです。退社後にご自身で設立した「OLDSEA」からの発売。このDVDは、映画『文楽・冥途の飛脚』の監督マーティ・グロスさんにも逸早く目にとまって、昨年は英語版も完成してマーティ・グロス・フィルム・プロダクションを通じて海外でも販売されています。→

上記リンクは時事通信社の販売ページですが、その他アマゾン等でも販売しています。本作の販売取扱リストがこちらに掲載されています。→

Marty Gross Film Productions Inc. の本作紹介ページ(English) →



ところで、ちょうど明日、5月5日(木・祝)に、東京・有楽町で復元正倉院楽器を聴くことができるイベントがあるのでご紹介します。

<東京の初夏 音楽週間>
5月5日(木) 第2夜:「響き、再発見 ── 正倉院復元楽器の世界」
箜篌:佐々木冬彦 排簫:笹本武志 案内人:木戸敏郎
開演:午後6時半
場所:相田みつを美術館第2ホール(東京国際フォーラム
料金:1500円(収益は東日本大震災の被災地に寄付)
主催:三田樂所/共催:相田みつを美術館
協力:木戸敏郎、北中正和

詳細情報リンク→ 現代古楽の基礎知識


登場する楽器は、正倉院復元楽器の箜篌(くご)と排簫(はいしょう)。演奏は、数少ない箜篌奏者である佐々木冬彦さんと、伶楽舎をはじめ世界各地の公演でも活躍されている笹本武志さんです。いずれも繊細な音色をもつ楽器なので、今回のようにその典雅な響きを間近で聴くことができる機会はとても貴重です。

(堀内)