じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

「夏・東京の太鼓」、そして三善晃

「世代をこえて、広がる感動。東京から発信する伝統文化」というキャッチ・コピーで、東京都が数年来取り組んでいる「東京発・伝統WA感動」)。このプロジェクトは次の三つの柱から構成されています。(1)子どもたちに実際に伝統音楽・伝統芸能に触れてもらう、(2)伝統音楽・伝統芸能の公演、(3)東京大茶会。今日は、(2)として計画されている数種のコンサートのひとつ、「夏・東京の太鼓」を上野の東京文化会館大ホールで聴いてきました。

開場前から東京文化会館のエントランス・ホールと玄関前はラッシュ時の駅のホームのような大変な混雑。16時15分の開演というのに、開場は30分前。招待ハガキと有料チケット入場者を合わせて、全席指定で完売。ということは2,303席が埋まっているわけで、これだけの人数を30分で場内へ入れるのは見ていて相当な無茶というか・・・(たぶん出演団体が多いのでリハとゲネプロに時間を要したのでしょう)。長蛇の列の最後が入場してほどなく開演という慌ただしさ。

全三部で19時まで続いた公演は、現在著しい活動を展開している代表的なグループ、障害者の体験療法として実施されている和太鼓、高校の部活動として継承・展開されている和太鼓、八丈島と三宅島で伝承されている太鼓、そして昭和42年に誕生して今や東京を代表する立派な太鼓芸能となった助六太鼓、等々の多彩かつ複合的視点から選ばれたグループが登場。高名な民俗芸能研究者である西角井正大さんの監修ということもあり、非常に練り上げられた構成が冴えわたっていました。司会はおなじみ葛西聖司さん。招待席には諸外国のおそらく大使館関係者も来場していましたが、どなたも和太鼓の魅力と葛西さんの分かりやすい解説を満喫していたように見受けられました(外国の方にはマーク大島さんによる同時通訳のイヤホンガイド・サービスも実施されていました)。プログラムは以下。(せっかくなので、探せた範囲でリンクをつけておきます)

【第1部】 輝き
「流鳴」:日本太鼓道場 
「燦(きらめき)」:和太鼓 大元組(だいげんぐみ) 
「開運」:太鼓集団 天邪鬼(あまのじゃく) 
【第2部】 息吹
「時空」:和太鼓 流星群 with X
「白鷗祭り」:都立白鷗高等学校和太鼓部
「勇猛心 ─歓喜の顕現・復興への祈念─」:都立深沢高等学校和太鼓部 
「ゆうきち・本ばたき(八丈太鼓節)」:八丈太鼓六人会 
「三宅島神着神輿太鼓」:三宅島芸能同志会 
【第3部】 足音
「みやらび太鼓」:川田公子とみやらび太鼓 
「おろし太鼓・白梅太鼓・助六二段打ち」:助六太鼓 
「四段打ち」:大江戸助六太鼓 


日本の伝統芸能のなかでも、太鼓をやっている人の数は(太鼓を聴く人の数もそうですが)もしかすると一番多いのかもしれません。和太鼓のグループも、この50年ほどで非常に増えた印象がありますが、実際のところはどうなのでしょう。今度、邦楽ジャーナルの織田さんに伺ってみようと思います。

文化会館のロビーでは宮本卯之助商店)が各種の太鼓を展示していて、和太鼓の他に世界各地の珍しい民族打楽器(太鼓)もあって、普段は間近でじっくり見る機会もないので興味深く拝見しました。そこでもらった宮本卯之助商店のチラシに、世界の太鼓を揃えた太鼓資料館「太鼓館」の案内がありました。浅草駅から歩いて行けます。実際に楽器に触れて音も出せるそうです。要チェックですね!


わたしは高校生の頃、アートシアター新宿のパイプ椅子に座って観た勅使河原宏監督の映画砂の女で、仮面を被った怪異な扮装の男たちが太鼓を打ち鳴らす姿が非常に印象に残り、これが石川県輪島に伝わる御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)()というものだと知って、さっそくソニーが出していた現地録音のLPシリーズ「日本の太鼓」などで日本各地のさまざまな太鼓を聴いていました。でも自分で太鼓を奏でるという選択肢は浮かびませんでした。まわりを見ても、高校生でも参加できるような演奏団体が無いと思えたからです。もし今のような和太鼓が活況の時代に生まれていたら、たぶんやっていたかも。

最近の太鼓を聴いていると、創作曲ばかりでなく、伝統的な保存会系の太鼓でも、16ビートやラテン風のシンコペーションといった新鮮なリズムの工夫が取り入れられていたり、あるいはそうしたリズムが潜在的に入り込んでいると感じられる演奏団体が増えている漠然とした印象が。たとえば先日、京都の祇園祭に行った際も、祇園祭宵宮神賑奉納の祇園太鼓を聴いていたらじつにモダンなリズム感でびっくり。元々の日本のリズム自体がこれほどノリの良いものだったのか。それとも単にこちらの耳が変わっただけなのか。2009年の祇園太鼓の動画がYoutubeに。→

今回の「夏・東京の太鼓」に登場した「助六太鼓」、「みやらび太鼓」、「八丈太鼓」が収録されている当財団のアルバムはこちらです。→ 『〈COLEZO!〉〜コレゾ!BEST!〜日本の太鼓 特選』(CD )、『邦楽百選 太鼓名曲選』(カセット:上記CDと同じ内容の音源に「鬼太鼓座の太鼓」1トラックを追加収録)

  


そして今夜、帰宅してからさっそく聴いているのは、今日と同じ上野の東京文化会館大ホールで2001年8月26日に開催された、三善晃 日本太鼓と合唱の世界<大地の鼓響>」の記録音源です。文化会館に鳴り響く和太鼓の音を聴きながら、三善さんの「大地の鼓響」公演のことを思い出していたからです。当時、三善さんは東京文化会館の館長でもありましたが、その後、石原知事の館の運営への介入に抗議して職を辞しています。今日のコンサートは東京都主催、そしてプログラム冒頭には石原慎太郎知事の挨拶が・・・。

この記録音源は「大地の鼓響」公演で太鼓と合唱の指導を担当した指揮者・打楽器奏者の高橋明邦さんから個人的にダビングさせていただいたものです(あくまで出演した演奏関係者のための記録保存用の音源ということなので、一般の発売予定はありません)。

クラシック専用ホールに鳴り響く太鼓の音は、なんとも言えない深い反響を生み出して、身体の奥まで直接伝わってきます。語りかけてきます。

そもそも太鼓の音は、耳で聴くというよりは、身体全体で、心で反応せざるをえないものでしょう。また太鼓はなんといっても「聴く」だけでなく「見る」ことで違った音を届けてくれる楽器でもあります。太鼓を打つ身体動作を見ることが「聴く」体験と相互に深く関わり合い、音の姿やかたちを具体的に拡げていくのです。

したがって、三善さんの作品においてもどのような身体の動きで音が響くのかを視覚的に体験することは、本来であれば作品の重要な要素となるはず。だから音だけの記録では不充分なのかも。たしか「大地の鼓響」は映像記録も残してあると伺ったような気も・・・気のせいかな?

このときに演奏された三善さんが作曲した和太鼓が登場する作品は以下。

「出陣の譜」〔和太鼓、大銅鑼、法螺、双盤〕(1997)
「中新田縄文太鼓」[縄文曙太鼓/縄文火焔太鼓/縄文宇宙太鼓/縄文未来太鼓]〔混声合唱、踊り、横笛、和太鼓;詩=宗左近〕(1993)
松本城古城太鼓のための<四季>」[秋・実りの律/冬・慈雪の律/春・萌しの律/夏・焔の律]〔和太鼓、大銅鑼、法螺、笛、双盤〕(1998)
「あさくら讃歌(幻の卑弥呼の国は)[プロローグ:幻の卑弥呼の国は…/樹の精霊/菜の花の迷宮/エロスとタナトス/樹の精と風と鳥たちのコロス/秋月の思い出/「婆沙羅」哲学/エピローグ:筑後川メビウスの帯のような]〔混声合唱、和太鼓、横笛、謡曲、語り;詩=後藤明生〕(1992)。

それぞれ、長野県松本市宮城県中新田町(なかにいだまち、現・加美町)、福岡県朝倉市の地域・郷土文化の創造に積極的に関わるなかで生まれた作品です。当夜も、各地元から招いた太鼓奏者と合唱団、総勢300名がステージに上りました(国宝松本城古城太鼓、中新田縄文太鼓伝承会、中新田縄文太鼓合唱団、クール・ゼフィール、法政大学アリオンコール、あさくら讃歌太鼓・横笛同好会、あさくら讃歌合唱団、ほか)。このコンサート全体を統括した高橋明邦さん・・・、本当にものすごい仕事をなさったのだと感服します(各作品の初演から深く関わった高橋さん以外にはできない仕事だったのは間違いありません)。

しかもなんと、その四年後の2005年9月24日には、今度は舞台を松本のまつもと市民・芸術館主ホールに移して、「大地の鼓響 2005 in まつもと/三善晃 日本太鼓と合唱の世界」(音楽総監督:三善晃)が開催されています。このエネルギーは何なのか。私は、それが和太鼓の力ではないかと思うのです。その響きが、人と自然の間に波紋を生じさせるだけでなく、人と人の輪をつなげ、そしてまた異界と現(うつつ)の間を往還させる・・・。太鼓の音がもっている、魂のざわめきに働きかける作用。そして、三善晃さんの音楽の本質は、鎮魂であり、異界の人々の声に耳を傾けることであり、生者から死者への呼びかけであり、この世界で生を営む人々の輪をつなぎ、つむぎ、伝える響き・・・まさに、それは、和太鼓の奥の奥に横たわっている世界とつながっているのかもしれない・・・

またどこかで、三善さんの和太鼓と合唱作品のコンサート「大地の鼓響」が実現されることを願いつつ。

(堀内)