じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

歌舞伎「勧進帳」と長唄

先日、新橋演舞場「芸術祭十月大歌舞伎」(10月1日〜25日)の『勧進帳』を観て参りました。「七世松本幸四郎が当り役とし、生涯で千六百余回演じた『勧進帳』の武蔵坊弁慶。その弁慶と、相対する富樫の二役を、七世幸四郎の孫にあたる当代松本幸四郎市川團十郎が、昼夜役替りで競演」という内容の公演でした。
私が観劇したのは、昼の部で、こちらのチラシの配役。弁慶は市川團十郎さん。

チラシを裏返すと、こちら(下)。

似ていますが、夜の部は、松本幸四郎さんが弁慶。
私は歌舞伎はそれほど詳しくはないので…気になっていたのが、長唄勧進帳》と歌舞伎『勧進帳』。長唄勧進帳》の方は耳にすることが多く、好きな邦楽の曲の一つだったのですが、歌舞伎『勧進帳』を見るタイミングを逃していたので、お芝居と曲の関係が気になっておりました。
勧進帳』は、天保11年(1840)、江戸河原崎座で初演されました。三世並木五瓶作詞、四世杵屋六三郎作曲で、その後補作されています。能の『安宅』を題材にした作品で、能がかりの演出を試みたことも、それまでの歌舞伎にはなかったことだそうです。長唄曲だけ聞くと、筋が通っておらずわかりにくいのですが、実際に歌舞伎を見ながら聞くと、役者さんのセリフと繋がって内容がわかります!
平家を滅ぼした義経(判官)は、鎌倉の兄頼朝と不和になり、その追跡を避けて奥州の藤原秀衡を頼って行こうと山伏姿に変装し、一行は安宅の関に通りかかります。
長唄♪ 旅の衣は篠懸の 旅の衣は篠懸の 露けき袖やしおるらん。】……篠懸(すずかけ)は、深山に入るとき露を防ぐ麻の衣のことで、「露けき袖」とは、旅の前途を案じている歌詞です。関守の富樫左衛門に見とがめられ、弁慶は東大寺建立のための寄付を集める者であると答え、即座に偽の勧進帳を読み上げます。
長唄♪ 元より勧進帳のあらばこそ、笈の内より往来の巻物一巻取り出だし、勧進帳と名付けつつ、高らかにこそ読み上げけれ。】……勧進とは僧侶が寺院などの造営や修復のための寄付を求める行為で勧進帳はその帳簿なのですが、もともと勧進帳などないので、緊迫した場面となります。この場目は「読み上げ」というそうです。《勧進帳》を演奏している長唄の演奏の方は、演奏のないときは楽器をおろしています。
なおも疑う富樫でしたが、山伏の心得などについて問いただしても弁慶は淀みなく答えるので通行を許しますが、部下のひとりが、強力(ごうりき:荷物を背負っている人)が義経に似ていると疑いをかけたので、弁慶は義経を金剛杖で叩き、疑いを晴らそうとします。長唄の演奏の方は、「谺(こだま)の合方」という手を繰り返し演奏し、見る人を惹きつけます。
長唄♪ ついに泣かぬ弁慶も、一期の涙ぞ殊勝なる。】……主君を叩いてしまったことで、いままで泣いたことのない弁慶が、涙を流すシーンです。ここでは一行の心情が表現された歌が切々と歌われます。能「安宅」では、富樫たち関の人々は恐れをなして一行を通す内容となっているそうですが、歌舞伎では、富樫は義経主従であることに気付いていながらも、主人を打ち据えてまで守ろうとする弁慶の命懸けの振る舞いに心を打たれ、自分が責任をとる覚悟を固めて、通過を許可する内容となっているそうです。
危機を脱出した一行に、富樫は失礼なことをしたと酒を勧め、弁慶は舞を披露します。この舞は「延年の舞」といい、ここでながれるお囃子や笛は、能を見ているような雰囲気となります。
長唄♪ げにげにこれも心得たり。人の情けの盃を、受けて心を止(とど)むとかや。今は昔の語り草。あら恥ずかしの我が心、一度見(まみ)えし女さえ、迷いの道の関越えて、今またここに越えかぬる、人目の関のやるせなや、ああ悟られぬこそ浮世なれ。】……もとよりお酒の好きな弁慶はお酒が進んでしまい、昔話を始めます。昔、思いを寄せた女性は振り切ることができたのに、この関所は越えられないのかという歌詞の内容が歌われます。一息つけるゆるやかな場面です。
この後「瀧流し」と呼ばれる場面となります。【長唄♪ これなる山水の、落ちて巌に響くこそ、鳴るは瀧の水、鳴るは瀧の水】演奏は盛り上がり、唄、三味線、お囃子の掛け合いも、まるで流れる瀧の水を見ているかのような迫力です。最後は義経を先に逃した弁慶が、富樫に感謝しつつ、主君を追いかけます。追いかけるシーンは、幕が閉まってから行われる「飛び六方」です。
実際に歌舞伎を見ていただければ、たくさんの発見があるかと思いますが、まずは予習をしてから観劇しようと思われた方がいらっしゃいましたら、お芝居の様子は、松竹株式会社さん制作のDVDが出ています。弊財団からは下記アルバムをご紹介します。
◆配役、地方、何れも第一人者を網羅して、あくまで完壁を期した「勧進帳」を収録。(CD)

◆楽曲を聴くのでしたら、こちら。「勧進帳」他、全3曲収録。(CD)

◆七世芳村伊十郎の四世芳村金五郎、九世芳村伊四郎時代の若き日の秘蔵音源「勧進帳」を収録。(CD)

◆こちらに収録された映像は、詞章の入った解説書付で「勧進帳」の演奏内容がよくわかります。(DVD)

(制作担当:うなぎ)