じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

三善晃の地域芸能作品が再集結!

三善晃作曲、宗左近作詞による地域芸能、宮城県旧・中新田町(なかにいだまち)の「中新田縄文太鼓」が今年20周年を迎え、記念のコンサートが3月2日(土)に宮城県加美町の中新田バッハホールで開催されます。中新田町は2003年に小野田町、宮崎町と合併して、現在は加美町(かみまち)ですが、ホール名は県外にも広く認知されていたからか、「中新田」のまま残されています。この日、中新田バッハホールには、福岡県甘木・朝倉、宮城県中新田、長野県松本という三善晃さんが創作した三地域の新しい郷土芸能が再び集結します。2001年の三善晃 日本太鼓と合唱の世界<大地の鼓響>」東京文化会館大ホール)、2005年の「大地の鼓響 2005 in まつもと/三善晃 日本太鼓と合唱の世界」(まつもと市民・芸術館主ホール)に続く、三度目の合同公演・・・。まさしくこれは、以前わたしが願った「三善晃 大地の鼓響」の再演です。 → 「夏・東京の太鼓」、そして三善晃」(2011年08月02日)

「中新田縄文太鼓 20周年記念コンサート」
福岡朝倉・宮城加美・長野松本 三地域の絆
〜百年間愛され、受け継がれていくことをめざして〜

日時=2013年3月2日(土) 17:30開演
会場=中新田バッハホール宮城県加美町
入場料=1,500円(小学生以下無料)

<プログラム>
三善晃 作曲
「出陣の譜」(1997)
 〔和太鼓、大銅鑼、法螺、双盤〕
 国宝松本城古城太鼓

三善晃 作曲
国宝松本城古城太鼓のための組曲「四季」(1998)
[秋・実りの律/冬・慈雪の律/春・萌しの律/夏・焔の律]
 〔和太鼓、大銅鑼、法螺、笛、双盤〕
 国宝松本城古城太鼓

三善晃 作曲/後藤明生 詩
合唱組曲「あさくら讃歌(幻の卑弥呼の国は)」(1992)
[プロローグ:幻の卑弥呼の国は…/樹の精霊/菜の花の迷宮/エロスとタナトス/樹の精と風と鳥たちのコロス/秋月の思い出/「婆沙羅」哲学/エピローグ:筑後川メビウスの帯のような]
 〔混声合唱、和太鼓、横笛、謡曲、語り〕
 あさくら讃歌合唱団

三善晃 作曲/宗左近 詩
「中新田縄文太鼓」(1993)
[縄文曙太鼓/縄文火焔太鼓/縄文宇宙太鼓/縄文未来太鼓]
 〔混声合唱、踊り、横笛、和太鼓〕
 中新田縄文太鼓伝承会

三善晃 作曲/宗左近 詩
「瞳に愛を(中新田町歌)」(1981)

主催=中新田縄文太鼓伝承会
共催=宮城県加美町加美町教育委員会
お問い合わせ・前売り券販売先=宮城県加美町中新田公民館(0229-63-2029)
公式フェイスブック


「中新田縄文太鼓」の初演時に太鼓の指導を担当した打楽器奏者の高橋明邦さんから、1月31日の朝、この出来上がったばかりの公演チラシ・データ【上の画像】をメールで受け取って、何か変だなと思ってよく見ると、作者の名前が入っていない…… 三善さんのお名前も、宗左近さん、後藤明生さんのお名前もどこにもない… これは意図的なのか……。すぐに確認のご連絡を入れると、なんとチラシを作成した主催者が作者名を入れ忘れたとのこと。この日の夜、わたしは、仙台市青年文化センターコンサートホールで開催された三善晃さんのオーケストラ作品を含む個展「三善晃作品の夕べ 〜仙台フィルとともに ──慶長遣欧使節 出帆400年記念事業 三善晃 オペラ『遠い帆』2013年公演プレコンサートシリーズ〈1〉──」を聴きに行ったのですが、会場で配布された同公演チラシにはホワイト・ペンで作者の名前が手書きで追記されていました(対応早!)。しかし、「三善晃」と書かれた文字が掠(かす)れていてよく読めない【下画像・左】。 そして高橋明邦さんも、別途自ら手書きで作者名をホワイト・ペンで書き込んだチラシ画像をメールで送信して下さって、こちらの「三善晃」はじつに力強く見事な文字構え!【下画像・右】

 


しかしハタと考えてみると、作者の名前がないことは、これらの作品においては、あながち間違いと言い切れないような面も。そもそも、三善さんは、これらの作品が各地域の人々の手で代々受け継がれ、育まれて、その地方の独自の「声」で創出されていく「新たな伝承芸能」となることを願っていました。であれば、主催者の方々の頭のなかに「作者」の存在がなかったことは、これはむしろ、作品が真に地域の人々のものとして根付いた証といえるのかもしれません。


1993年(平成5年)3月26日に中新田バッハホールで誕生した「中新田縄文太鼓」は、日本太鼓、合唱、笛、踊り、そして衣装も加わった作品です。縄文人の世界のなかに燃えたぎる生命のエネルギーと死者を思う限りない優しさを感受していた詩人・宗左近さんの書いた詩に、三善晃さんが和太鼓と合唱と笛のための音楽を作曲、そして石田知生さんが振付をした群舞が加わって完成した、生と死の世界が交歓するあたかも縄文オペラのような作品。初演は田中信昭さんの指揮で、演奏は地元の方々に加え、太鼓と踊りに桐朋学園の学生やOBの方々も参加。その時の記録ビデオを見て、わたしは画質や音質うんぬんを越えた、その溢れるエネルギーとあまりの素晴らしさに圧倒されました。また、この初演時には「地域から日本を変える」をテーマにしたシンポジウムも開催され、その模様は、こちらの松下政経塾のサイト内で紹介されています(→ )。

1995年にはこの「新しい郷土芸能」を継承していく気運が地元で高まって伝承会が発足し、現在、「中新田縄文太鼓」は地域のさまざまな年間行事の場で披露されています。こちらは昨年の画像→ (あさかんリフォームスクウェア)  そしてYoutubeに動画があったのでご紹介。照明が暗く、踊りが暗闇でうごめいているようですが、でも縄文の人々を思わせて逆にいい感じ。この動画をご覧いただくと分かるように、合唱といっても歌よりも「叫び」に近いものです。そもそも縄文人は西洋音階でハモったりはしないし、三善さんは、宗左近さんの言葉に宿る、魂の炎と波の運動を、原初的な声で表現しているように思われます。


この動画に映っているのは「縄文未来太鼓」の後半の一部。以下は、その部分の宗左近さんの詩です。

   みんな みんな 未来 未来の未来

   死んでも生きる 死んでも生きる
   愛が光になる日まで

噴きあがる 炎と炎
燃えあがる 祈りと祈り

   太鼓 たたけ 未来 たたけ
   縄文 おどれ 星たち おどれ

   生きたら生きる 生きたら生きる
   生命(いのち)が花になる日まで

   死んでも生きる 死んでも生きる
   愛が光になる日まで

   太鼓 たたけ 未来 たたけ
   縄文 おどれ 星たち おどれ

   太鼓 おどれ みんなみんな おどれ
   未来 おどれ 未来未来 おどれ


この作品が作られた頃、三善さんは、東京中心の文化の在り方に疑問を抱き、また、地方が徐々に「東京化」していくことに反対して、各地域で暮らす人々による独自のことばを元にした文化づくりを提唱し、その活動に関わっていました。三善さんが創作を行うに当たって注目したのは、人々が共同で参加しやすい「合唱」と「日本太鼓」という二つの形式の融合でした。その最初の試みとして結実したのが、福岡県甘木・朝倉広域市町村圏事務組合の委嘱で1992年に誕生した、同地方出身の作家・後藤明生さんの作詞による「あさくら讃歌」でした。こちらは昨年(2012年)一足早く20周年を迎え、地元で記念演奏会も開催されました。「あさくら讃歌」には皇后陛下が作曲された心を打つ旋律をもった曲「おもひ子」も組み入れられています。かつて、東京での「大地の鼓響」や東京混声合唱団の定期公演での演奏時には、「語り」のパートを作曲者の三善さんご本人が務められていました。


国宝松本城古城太鼓のための作品は長野県松本市制90周年を機に制作され、小学生から大人までが参加する和太鼓合奏です。ただしリズムは三善さん特有の精緻な書法でかなり難易度が高い印象。国宝松本城古城太鼓のための組曲「四季」は、信州の四季の情景が各曲の中に折り込まれた作品で、2011年12月13日に開催された「第30回 桐朋学園大学打楽器科専攻生による パーカッションの夕べ」では、ティンパニなどを含む西洋打楽器合奏でも演奏されましたが、オリジナルの日本太鼓を含まない編成での演奏も思った以上に見事な響きで素晴しかったです。

ところで、この「パーカッションの夕べ」で初演され、強く印象に残っているのが、石巻出身の作曲家・石島正博さんの作品、打楽器アンサンブルのための「In Paradisum ≪楽園歌≫」です。東日本大震災によって故郷に堆積した瓦礫を目にして受け止めた、無と無限、消滅と永遠の連関をもとに構想された、時の風を思わせる静謐な作品で、さまざまな廃材が打楽器として叩かれますが、これは作曲者によれば、「《死んでいて》しかも《生きている》ものたちを表象する」とのこと。石島正博さんは現在桐朋学園大学音楽学部作曲専攻科の主任教授で三善さんに師事されていますが、以前、石島さんから「三善晃の音楽は日本の伝統文化の真髄を深い意味において最も継承したものだと思う」と言われたとき、なにか目の前が開けていくような強烈な感慨を抱きました。「チェロ協奏曲」(1974)や「レオス」(1976)以降の三善さんの音楽の本質や魅力を一面で言い当てているようにも思えたからです。


最後に、旧・中新田町が刊行した「中新田縄文太鼓」の楽譜に掲載された三善晃さんの文章をご紹介します。(以下は、2001年の「大地の鼓響」パンフレットに転載されたものから)

この指とまれ》 〜伝統と生〜 / 三善 晃

1993年3月26日、中新田バッハホールで初演。

「中新田町から中新田町民による新しい伝統の創造を」。町の人々と詩人・宗左近さんの意が結ばれ、<この指とまれ>。みんなその<指>にとまった。

町民有志による中新田町合唱団には全国から多くの合唱人間たちが加わった。桐朋学園からは撥を手にした打楽器科学生たちと石田知生指導の演劇科卒業生たち。半年間に亙る練習ですべて暗譜。横笛は西川浩平、指揮は田中信昭。演出が岩浅豊明、美術と衣装が戸田正寿、太鼓指導が高橋明邦。照明は河野竜夫、舞台監督は宮武祐一郎。宗さんが総監督を務め、バッハホールの時間と空間が燃焼し、「新しい伝統=≪中新田縄文太鼓≫」が誕生した。

「新しい伝統」。それは自前で続けてゆかねばならない。老若男女、町の人々の太鼓と踊りと笛の練習が始まり、94年夏、手作りで再演。秋、桐朋学園祭でも披露。太鼓を打つ子供たち、踊りながら合唱に唱和する女性たち。やっと根付いた。中新田町公民館の福原館長はじめ館員の皆さんの誠心と意欲のお陰でここまで来た。育つのはこれから。

地方の時代と言われ、地域文化と叫ばれる。それは地域生活者の言語を立ち上げることだろう。しかし、どの地域にあっても、言語そのものは連続せず、そのパラダイムは潜在している。中新田町の人々の発語を喚起し、その文脈を顕在化させたのは宗さんだった。宗さんは町に住み、縄文芸術館を建ち上げ、中年男女の集い「落鮎塾」を主宰し、町歌と町民憲章の詞を書いた。その詞に音楽を書くことで、私も中新田の土壌と空気になじんだ。それで私も、「中新田の新しい伝統」の<指>にとまった。この創作で私を生かしてくれたのは中新田町であり、町民の方々だった。この「伝統」が生きてゆくとき、そのなかのどこかに私も生きているだろう。

(中新田町刊「中新田縄文太鼓」楽譜より転載)



なお、来る3月2日(土)の中新田縄文太鼓の記念コンサートの翌日の3月3日(日)には、14時から仙台市青年文化センター コンサートホールで、今年12月に再演される三善さんのオペラ「遠い帆」のプレコンサートシリーズ第2回目「三善晃の合唱宇宙〜仙台の合唱団による」が開催されます。三善さんの音楽に関心の深い方は、3月2日(土)・3日(日)の週末は、ぜひ宮城県に泊まりでお出かけください。今年は三善さんが80歳を迎えたこともあり、各地で三善さんのオーケストラ作品、室内楽、合唱作品が数多く演奏されます。

オペラ「遠い帆」のプレコンサートシリーズ第2回目
三善晃の合唱宇宙〜仙台の合唱団による」

日時=2013年3月3日(日)14時開演
会場=仙台市青年文化センター コンサートホール
入場料=全席自由 1,000円


<プログラム>
「三つの抒情」より
「さめない夢」
「風のとおりみち」より
「一人は賑やか」
「五柳五酒」より
「路標のうた」
「ゆったて哀歌集」より2・4
「五つの童画」より
「オペラ『遠い帆』」より
「瞳に愛を」

<出演>
NHK仙台少年少女合唱隊(指揮:佐藤淳一
オペラ「遠い帆」合唱団(指揮:今井邦男)
合唱団Palinka(指揮:千葉敏行)
合唱団「六月の歌声」(指揮:今井邦男)
グリーン・ウッド・ハーモニー(指揮:今井邦男)
仙台放送合唱団(指揮:佐藤淳一
東北福祉大学混声合唱団(指揮:石川浩)



 

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(堀内)