じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

綾子舞、小河内の鹿島踊

国立能楽堂では毎月主催公演として「定例公演」「普及公演」の外に、「企画公演」や「特別公演」が組まれています。10月の「企画公演」は、“歌と舞の系譜――狂言と近世初期舞踊”と題して、後に近世の歌舞伎踊りにもつながっていった中世のおもかげを留めた民俗芸能を上演する大変珍しい貴重な機会でした。

「綾子舞」(新潟県柏崎市綾子舞保存振興会) と「小河内の鹿島踊」(小河内鹿島踊保存会)、どちらの舞踊でも特徴的なのは、日本舞踊の典型ともいってよい歌詞の意味を動作に置き換える「当てぶり」が存在しない、きわめて抽象的で内発的な動作が多いこと(例外は、鹿島踊の一部に扇子を桶と波に見立てる振りがある程度)。もちろん、それぞれの振り付には何らかの意味やメッセージがあるはずと思われますが、それは物語の「描写」や対象の「模倣」というよりは、なにかしらトランスに入るための鍵となる象徴に近いように感じました。あるいは自然との共振というか。日本の踊りにもまだまだ奥深いものがあると実感しました。

綾子舞からは大変現代的な印象を受けました。腰を落として肩を水平にしながら幾何学的パターンを描いて運行する踊りの所作、交差する螺旋状の円運動などは、土方巽暗黒舞踏(「四季のための二十七晩」、「東北歌舞伎計画」)やサミュエル・ベケットの演劇でも見るようで、斬新と言いたくなるほど。独特のリズム(拍)は、岐阜県郡上(ぐじょう)の古謡に関連するかもしれないとの説もあるらしく、なにやら不思議な伝播の糸が見え隠れします。

「鹿島踊」を伝承してきた東京都奥多摩の小河内村は、今はダム建設によって湖底に沈んでいます。柴田南雄さんの合唱のためのシアター・ピース『念佛踊』ではこの小河内の鹿島踊を取り上げていることもあって、一度見たいと思っていました。「綾子舞」と「鹿島踊」では共に「こきりこ」という踊りを伝承しているのですが、その歌詞が同じということで、鹿島踊の保存会長も「遠く離れた地で全く別々に伝承されて来たことは感慨深いものがある」とプログラムにお書きになっています。

途中、休憩時間20分。まずは能楽堂の庭で秋の光を楽しむ。

そして、この庭に面した食堂で素早く食事。天ぷら蕎麦やカレーライス、ハヤシライス、ホットケーキなど食事の他、ソフトドリンク・メニューも充実。とにかく頼んだものがすぐに出てくるので助かります。

前半が日本の歌と踊りの古式をとどめた芸能だったのに対し、後半はそれらの演目の中味と関連した狂言小舞、そして素囃子、狂言「若菜」が上演されました。「若菜」では、果報者(成り上がり者)が、同朋(どうぼう=大名などに仕えて雑役や芸能を担当する僧形の者)のかい阿弥を連れて大原に遊びに行き、大原女(おはらめ)たちを強引に誘って酒宴を張る場面が出てきます。そこで酔って歌う節には、室町時代の流行歌やそれ以前の平安時代末期の歌謡集『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』などの節も取り入れられています。「若菜」自体が、古い時代の芸能に眼差しを注いだ作品であることから、まことに今日の企画に適った選曲。さらには、本作に登場する大原女は「綾子舞」の「小原木踊(おはらきおどり)」の主役。こうした緻密なプログラミングの目配りが、劇場体験の質を深めてくれます。

そして後半では、山本東次郎さんの小舞が、踊っている時間は短いのに、とても大きな世界を見せてもらったようで心に残りました。

終演後、外に出てふと横をみると柏崎市のバス。「綾子舞」出演者はこれに乗ってお帰りになるのでしょう。おつかれさまでした。


国立能楽堂 企画公演 「歌と舞の系譜−狂言と近世初期舞踊−」
2010年10月23日(土)午後1時開演


綾子舞(あやこまい)
〔三番叟(さんばそう)、小原木踊(おはらきおどり)〕
  柏崎市綾子舞保存振興会(新潟県柏崎市
小河内の鹿島踊(おごうちのかしまおどり)
〔こきりこ、浜ヶ崎(はまがさき)、桜川(さくらがわ)〕
  小河内鹿島踊保存会(東京都西多摩郡奥多摩町


小舞・大蔵流
十七八(じゅうしちはち)」 山本則重
放下僧(ほうかぞう)」 山本則孝
海道下り(かいどうくだり)」 山本東次郎


素囃子「神楽(かぐら)」


狂言和泉流
若菜(わかな)」
シテ/かい阿弥 野村万蔵
アド/果報者 野村 萬
他。

(堀内)