じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

非平均律の魅力、NEO都々逸

ハリー・パーチ Harry Partch (1901-1974)というアメリカのユニークな作曲家がいます。多種の創作楽器を発明し、それらの楽器でアンサンブルを組織してオリジナル曲を作曲して演奏していました。パーチの音楽の一番の特徴は、こうした創作楽器がどれも十二平均律ではなく微分音程を基に制作されていたことです。彼が創り出した世にも不思議な楽器群をインターネットを通じてキーボードで疑似演奏できるサイトがこちらです。→ なんとも不思議で面白い響きだと思いませんか?

世界各地には十二平均律にはおさまらない音楽があって、たとえば日本の音楽もそのひとつでしたが、しかし、今や日本の音楽文化はすっかり西洋音階に慣れてしまい、長く受け継がれてきた響きの味わいが徐々に失われかけているのはまったく残念なことです。しかし、それがいびつな状態であることにようやく国も気がつくようになって(本当の国際性はローカリティから発するものです)、昨今は音楽教育の現場でも邦楽器に触れたり、邦楽を歌ったりすることが授業のカリキュラムに入るようになりました。私が小・中学、高校の頃の音楽の授業では、日本の音楽を取り上げたのは箏の「六段」のレコードをかけた程度。高校では祭囃子のリズムを解説してもらうことはありましたが、実際に太鼓を叩くようなことはなく、あとは小学校の時、和楽器のアンサンブルの巡回公演を体育館でみんなで聴いたことをよく覚えています。指揮者がいて、箏、三味線、尺八、琵琶に和太鼓もあって、とてもリズミックな曲をやっていました。もしかすると、あれは日本音楽集団だったのかも・・・。

ところで、昨年の夏でしたが、とても興味深い音楽を聴きました。それは作曲家の三輪眞弘さんと佐近田展康さんのユニット「フォルマント兄弟」による、日本の伝統文化と新しいテクノロジーを結びつけた、まさに現代日本ならではの斬新な作品です。私が聴いたのはラジカセから流れる音楽に合わせて演奏する<せんだいドドンパ節>でしたが、それ以前に三味線との共演による作品<NEO都々逸>が作られていました。

そういえば一昨日は文学の芥川賞が発表になりましたが、作曲でも芥川賞というものがあって()、三輪さんは、第14回(2004年)芥川作曲賞を受賞されています。昨夏には刺激的な音楽書を次々と刊行しているアルテスパプリッシングから『三輪眞弘音楽藝術』を上梓して話題を呼びました()。

で、肝心の「NEO都々逸」ですが、これは従来の作曲・演奏という枠では説明し難い音楽プロジェクトといえるもので、十二平均律よりも細かくプログラムされた微分音音階と、歌の音素とを同時に演奏(コントロール)可能にするシステムの開発と一体化したものです。少し分かりにくいか?

つまりこういうことです。演奏者はキーボードを操作して、日本の伝統的な微細な音程感覚を駆使した「歌」を演奏しますが、その際同時にキーボードに割り当てた音素を奏でます(和音のかたちで複数の鍵盤を押さえる)・・・つまり外見は普通のキーボードですが、これはまったく新たな創作楽器といえるものです。強烈な演奏の迫力と妙な脱臼感覚が同居していて、なんだかちょっと笑ってしまうのですが、でも凄みがあって・・・じつに不思議。以下のコメントは、フォルマント兄弟によるものです。

この作品で兄弟は日本伝統音楽である「都々逸」に取材し、コブシ回しを含めた「歌唱そのもの」の作曲ならびにその完全記譜に挑戦している。兄弟式日本語鍵盤音素変換標準規格に新たにインプリメントされた和音平均化と17音平均律アルゴリズムによってマイクロ・トーナルな人工音声ピッチ・コントロールが可能となり、さらにそれを従来の五線譜で確定的に記述している。

演奏:岡野勇仁(MIDIキーボード) 田中悠美子(三味線)
2009.12.8  同志社大学寒月館(世界初演
2009.12.26 東京大学駒場キャンパス18号館ホール
2010.03.20 VACANT(東京)

百聞は一見にしかず。以下のリンク先の動画を、とくとご覧あれ。(上下2つの動画の内、下のほうが実際の演奏の模様で、上の動画はフォルマント兄弟による解説です)

NEO都々逸 六編

(堀内)