じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

別冊太陽「日本の音楽」No.75(1991年・秋)


「日本の音楽」を幅広い視点から魅力的に紹介した本はいくつかありますが、なかでも本書は柔軟・清新な観点で日本音楽の特質を浮き彫りにして、また対談形式で読みやすく、音楽に関連した屏風絵や譜本をはじめ豊富なカラー図版を含み、優れた編集と美しいレイアウトなどによって図抜けた存在といえます。20年前の本とはいえ今でも充分鮮度があります。

本書が出版された1991年といえば、フランス発の「ワールド・ミュージック」のブームが世界中を席巻していた時代で、日本人でも、海外の音楽文化への憧れや追従や換骨奪胎等に飽いて、もっと自分たちの足元にある音楽、日本人のDNAのなかから生まれる音楽を意識して、作り手も聴き手も試行錯誤を繰り返していた時代でもありました。

本書の中心的な著者三名の簡単な経歴は以下。

小島美子(こじま とみこ)さんは1991年当時、国立歴史民俗博物館教授。1994年には同名誉教授に就任されました。小泉文夫さんの薫陶を受け、縦横の視点から日本の伝統芸能・伝統音楽を研究されています。日本民俗音楽学会の会長でもあります。(日本伝統音楽研究センター所報 第4号より(2007年3月)「所長対談 小島美子先生にきく」PDFファイル
茂手木潔子(もてぎ きよこ)さんは1991年当時、上越教育大学助教授。人形浄瑠璃文楽、歌舞伎などの音楽と、浮世絵に描かれた楽器などを通じて、日本人の伝統的な音の文化の特徴を研究されています。国立劇場芸能部演出室を経て、上越教育大学、後に有明教育芸術短期大学で教鞭をとられています。小島美子(日本音楽史)、小泉文夫民族音楽学)、柿木吾郎(音楽学)、木戸敏郎(演出家)の各氏に師事。
樋口昭(ひぐち あきら)さんは1991年当時、埼玉大学教育学部助教授。その後、創造学園大学音楽学(日本音楽史民族音楽史)の教授を勤められています。

そして、以下が目次。勘のいい方ならば、これだけで本書が眼差しているパースペクティヴをご理解できるはず。

日本の音楽は私たちの中にある(小島美子)

鼎談:小島美子、樋口昭、茂手木潔子>

【一】リズム・メロディー・ハーモニー・・・
リズム ── 水田稲作農耕民的リズム、海洋漁労民的リズム、山村畑作民的リズム、騎馬民族的リズムなど
メロディー ── 日本人好みのラドレ音階とヨナ抜き音階
音色(ねいろ) ── 嫌いな音色、好きな音色
ハーモニー ── ハーモニー発生の起源とピッチがはずれても成立する日本的ハーモニーの魅力
曲の組み立て ── 構成上に、どこか曖昧な部分を残し、それがまた独特な効果をかもしだしている

【二】音楽のすがた
音楽と階層 ── 好きならば誰でも楽しめる、という考え方が一般化したのは、近代になってからである
音楽の役割 ── 信仰行事・娯楽・教養・・・そして職業として、日本人と音楽のさまざまな出会い
日本人の音楽観 ── 日本人にとって音楽は、精神修養や教養・礼儀作法にまでとり入れられ、それは楽器愛玩にも及んだ

【三】日本音楽の可能性
日本音楽の将来 ── 伝統的な音楽感覚を認めることから、日本音楽の新しさが生まれる

<小エッセイ>
無拍のリズム ── 江差追分(小島美子)
言葉によって生まれる、日本のリズム ── 三味線譜・声明譜(茂手木潔子)
メロディーの形をさぐる ── 日本の音階(小島美子)
童謡・流行歌のなつかしさ ── ヨナ抜き音階(小島美子)
語り物と歌い物のメロディー ── 平曲と民謡(小島美子)
言葉とメロディー ── 義太夫譜・催馬楽譜・朗詠譜(茂手木潔子)
江戸時代の教則本 ── 糸竹初心集・音曲ちから草(茂手木潔子)
ストーリーテラーの音楽 ── 光悦謡本・平家正節・説経浄瑠璃正本(茂手木潔子)

  

宗時行の日本の楽器・弾き語り(宗時行)
1. 三味線/2. 琵琶/3. 笛/4. 尺八/5. 箏

日本の伝統的な音楽が古典の継承に重きを置くものであり、もちろん最前線では、古典の再解釈や変化への挑戦がつねに行われているとしても、そこが邦楽全体の中心ではないという事情もあって、日本の伝統音楽を総括して紹介する類の本は、つまり、どれも驚くような違いがなくて当たり前とも言えます。

したがって、それをどれだけ面白く読者の興味を引きつけるようにして、目からうろこが落ちるような新鮮な気分で読ませるのかが、編集者の腕の見せ所となります。

この別冊太陽は、目次を読んでお分かりのように、邦楽の分野ごとに解説するというよりも、邦楽全般に通底する共通項をいくつか取り出し、多様な視点から邦楽の本質を浮かび上がらせようとする編集感覚が特徴となっています。

音楽というものが、まず、言葉、そして生活、さらに社会的背景と強く結びついているものであることを、理屈ではなく感覚で理解できるように構成され、そしてなによりもカラー図版の多さと美しさが類書を圧倒しています。

最後のモノクロページ・セクションでは、日本の伝統音楽文化をみつめ直した上で新しい音の世界を探究している、1991年時点において注目すべき音楽家たちを選んで紹介しています。

<日本音楽の現在>
東アジアの最果て、日本の老若男女が歌える歌を
上々颱風】(伊藤由貴子)

盆踊り歌をビートにのせて、音頭の革命を成しとげる
桜川唯丸】(朝倉喬司

沖縄人なら必ず島唄が聴きたくなる
古謝美佐子ネーネーズ】(松村洋)

自分を語る、それに節をつけたら民謡なんだ
伊藤多喜雄】(田中隆文)

アジア人、日本人、広島県人として、吹きならすサックス
坂田明】(田川律

琵琶・サックス・ドラム ── 楽器が抱える歴史を弾きこなす
ARAFA】(松村洋)

チンドンは、うた心をのせて、風の中を飛んでいく
篠田昌已】(大熊亘

戦後の空白から甦った説経節のパトス
若松若太夫】(朝倉喬司

自らの肉体に、打ち手と踊り手を共存させ、向い合う太鼓
林英哲】(藤崎周平)

二十絃の箏を手に、普遍の音を探して ──
野坂恵子】(田中隆文)

世界のどこにもない、能管の音色、節回し・・・その魅力を拡大する
一噌幸弘】(伊藤由貴子)

独奏楽器としての、笙の新しい歴史を切り開く
宮田まゆみ】(伊藤由貴子)

土着のリズム感・弾き方を取り込んだ、型やぶりの民謡
本條秀太郎】(田中隆文)

太棹を通して、自分の中から湧いてくる自然な音楽を
田中悠美子】(織田麻有佐)

常磐津節と三味線、日本を背負っているから可能性も大きい
常磐津紫弘】(田中隆文)

縄文の音にルーツを求め、現代の音楽を探る
土取利行】(藤崎周平)

復元小唄・アイヌ・童唄・・・日本のうたを残したい
桃山晴衣】(藤崎周平)

ここで紹介されている音楽家の多くは、その後もそれぞれの道を切り拓き充実した活動を続けられています。機会があれば、ぜひコンサートまたはレコード・CDに接していただければと思います。

(堀内)