じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

『宮城道雄 合奏曲集成』(5CD)

日本を代表するクラシックCD専門誌、月刊『レコード芸術』(音楽之友社)。現在発売中の3月号の特集は、〈大豊作時代到来! 「全集」徹底ガイド〉。たしかに言われてみれば、このところ作曲家、演奏家、その他様々な切り口から、メジャー・レーベルで長くお蔵入りしていた珍しい音源を探し出して新たに復刻・編纂し、メジャーとのライセンス契約でインディーズが制作・販売するボックス物CDが目白押しの状況です(メジャーが独自に企画・販売しているものも沢山ありますね)。

音楽史のページを隅から隅まで丁寧に埋め尽くし、中味はどれも信頼できる演奏、といったこうした最近の「全集もの」から、「これは!」という優れたものを幅広く徹底して紹介しようというのが今回の企画です。もっとも、こういう大部のボックス物はたとえ買ったとしても中味全部を聴くことは少なく、「持っていること」で安心するために買う人の方が多いのでは?とも思うのですが・・・、どうなのでしょう。

名うての十数名のクラシック音楽評論家の方々がそれぞれの専門性を活かした記事をお書きになっているなかで、「日本人作曲家」という切り口で執筆しているのが、第30回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)と第18回吉田秀和賞の受賞者である、音楽評論家の片山杜秀(かたやま もりひで)さん。片山さんといえば、その類稀なる該博な知識を縦横に駆使した批評で、今や時の人といっても過言ではないでしょう。音楽作品を生み出す社会背景と作曲家個人の精神的変遷が織りなすアラベスク文様を解きほぐしていくような、ちょっとした探偵小説を読むようなスリリングな、しかし大河小説を凝縮させたような展開が持ち味で、明治以降、日本に組織的に輸入されたクラシック音楽を経由した、日本人による戦前・戦中・戦後の音楽創作のシーンには特に鮮やかな見識を披露されています。(大絶賛を博しているナクソス・レーベルの「日本作曲家選輯」(Amazon)シリーズも片山さんの監修によるもの)


『宮城道雄合奏曲集成(CD5枚組)』


片山さんはこれまでにも各種紙誌の全シャンルを対象とした年間ベストCD選考等の機会に、『SP音源復刻盤 信時潔作品集成(CD6枚組)』『肥後の琵琶弾き 山鹿良之の世界〜語りと神事〜(CD3枚組)』といった当財団発売作品を取り上げて下さっていましたが、今回その片山さんがクラシック専門誌上で選んだ日本人作曲家の3つの「全集」の内のひとつが、当財団が昨2010年7月に発売した『宮城道雄合奏曲集成(CD5枚組)』。まさかレコ芸で本作のジャケットを目にするとは思っていなかったので、うれしい驚きでした。同記事を早速ご紹介させていただきます。片山さんの紹介記事を読むと、このボックス物に収録されている宮城道雄の作品がなんだかとてつもなく面白い音楽に思えてきて、無性に聴いてみたくなります。いや、実際ものすごく深い内容がつまった渋い作品ばかりを収めた硬派なボックス・セットなのです。(下の画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示されます)

作曲家・演奏家、宮城道雄(1894−1956)は伝統を良く理解して吸収しただけでなく、その先に進むことにも果敢に挑み続けた、邦楽のモダニズムを体現した存在でもありました(1920、30年代には新日本音楽という音楽創造運動を展開)。宮城道雄が発明した十七絃箏は、現在では独奏楽器の地位を獲得しています。さらにはピアノ(88鍵盤)に迫る音域をカヴァーする実験的な八十絃箏まで試みましたが、こちらのほうはパット・メセニーの42弦ピカソ・ギター()と同じく、そのあまりの特殊性と演奏至難なことから発明者以外に弾ける者がいなかったため、姿を消しました。

宮城道雄の創作についていえば、邦楽の伝統的な美学ならびに様式と、クラシック(西洋音楽)が体現する論理性、合理性の間(はざま)にあって、なおかつ、邦楽にも洋楽にも単純に還元できない曖昧な領域をつねに意識し保持しつづけた姿勢が認められるように思います。そのことによって、宮城道雄の音楽は、一見、「純邦楽」のなかに腰を落ち着けているように見えてはいるものの ──多くの人はそのことを特段疑っていないようですが──、じつは、その音楽の核心はもっと幅広い世界を秘めているのではないかと思われます。(ところで、片山さんの文章に比べて、本作の当財団のHP紹介文はいささかあっさりしすぎかもしれませんね……制作担当の「うなぎ」に言っておくことにしましょう)

まあともかく、そういったようなわけで、クラシックの専門誌で片山杜秀さんが宮城道雄の作品集を取り上げて下さったということに、一寸ぐっときてしまったという次第。そうなんです、クラシック音楽のリスナーにも、近代日本を代表する作曲家・宮城道雄の音楽がぜひ届いてほしいのです! けっして「春の海」だけではないのです。そしてまた同時に、邦楽の演奏家や聴き手には、宮城道雄の音楽がクラシック音楽の視点からのなお一層の探究の可能性を秘めているという点と、その音楽世界が「邦楽の世界に留まらないパースペクティヴ」を内包していることについて、これまで以上に関心を寄せていただければとも思います。


宮城道雄を聴く まずはコレ!

『日本音楽の巨匠 生田流箏曲──宮城道雄』(VZCG-501)
宮城道雄の名曲の数々を超一流の演奏家たちによる至高の名演で。やはりまずはこの一枚でしょう。

『ノイズレスSPアーカイヴズ 春の海/宮城道雄〈I〉』(VZCG-401)
SP盤を再生した針音ノイズを音楽的観点に留意してコンピュータ技術で精緻に除去した当財団の「ノイズレス」シリーズの第1回発売タイトル。宮城道雄本人の箏とルネ・シュメーのヴァイオリンとのデュオ、歴史的録音その他を収録した、驚くほど澄明でクリアなサウンド


宮城道雄は盲人でしたが、優れた文章家としても知られています。作曲は点字譜で行なっていたので、文章も点字で執筆していたのか、それとも口述筆記だったのか。岩波文庫で『新編 春の海 宮城道雄随筆集』(千葉潤之介編)が入手可能。これはお薦めです。そういえば松岡正剛さんの「千夜千冊」でも、随筆集『雨の念仏』が取り上げられていました。→  当財団ではこの『雨の念仏』を含む宮城道雄随筆集の朗読CD(全14枚シリーズ)といった大変珍しいアルバムも発売しております(以前アポロンからカセットで発売されていたもののCD復刻盤)。
 


また、宮城道雄本人の演奏と、時にそれを背景に宮城道雄の随筆の朗読を重ねたり(朗読:奈良岡朋子露木茂)、曲間に宮城道雄自身の語りの録音を入れて、「四季」を主題として構成された『宮城道雄の世界 箏と随想十二月(CD 5枚組)』(監修・解説:吉川英史/構成・演出:山口正道)というCDボックスもあります。5枚目のディスクはNHK邦楽名人選からの音源による特別篇で、宮城道雄の話、そして邦楽研究の大家・田辺尚雄との対談を含む充実した内容です。


その他、当財団の宮城道雄関連CDはこちらをご覧ください。→

(堀内)