じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

沢井忠夫プレイズ宮城道雄

じゃぽ音っとブログ2010年10月15日
<CD「春の海〜水の変態 安藤政輝 宮城道雄を弾く」ご紹介>

じゃぽ音っとブログ2011年3月23日
<『宮城道雄 合奏曲集成』(5CD)>

じゃぽ音っとブログ2011年12月29日
<宮城合奏団 委嘱作品集>


当ブログでは宮城道雄関連のCDを何度か取り上げていますが、今日は隠れた名盤をご紹介しましょう。
ところで宮城道雄(1894 - 1956)は、自作品の日本国内での録音および販売に関して、ビクターとの間で独占契約を結んでいました。つまり、ビクター以外で宮城作品の録音・販売を行うことに契約上のハードルがあったわけです。契約は宮城道雄の著作権の継承期間(作者の没後50年)まで有効だったことから、著作権が切れた2007年以降、ようやくビクター以外の国内レコード会社でも宮城作品の録音が開始されたという事情があります。こうした権利を巡る問題には必ずそれなりの経緯・背景があるものですが、しかし時を経て当事者がいなくなってしまうと、規則だけが依然生き続けて、結局聴き手や演奏家の事情とは関係なく色々な縛りだけが残されている、まあそんなふうに見えてしまうことも事実。「こういうかたちにしたい」という契約の当事者のその時点での強い思いを汲むとしても、せめて没後50年までという期限が、今の法律では妥当ということなのでしょう。もっとも、当事者の思いとは関係なく権利を認める「著作権」というものもありますが、これはまた別の話。

[:W180]さて、「日本国内ではビクターしか録音・販売してはいけない」という中で、では、ビクター以外で宮城道雄作品を録音・販売したいときにどうするか。一番手っとり早い方法は、上記の契約が及ばないところ、つまり、外国でCDを録音・販売することで、それをやったのが、今回ご紹介する天才的箏奏者だった沢井忠夫さんです。このCD『KOTO MUSIC・TADAO SAWAI PLAYS MICHIO MIYAGI (沢井忠夫 宮城道雄を弾く)』は1996年にフランスで録音・発売され(PLAYASOUND MPS 65180)、しばらく廃盤となっていたのですが、2007年にジャケットが少し変更され再版されています(PS 64001)。収録曲は、(1)「手事 〔I:手事/II:組歌/III:輪舌〕」、(2)「水の変態」、(3)「瀬音」、(4)「尾上の松」。〔(1)〜(3):箏、(4):三味線=沢井忠夫/(2)・(4)箏、(3)十七絃=沢井一恵〕 Amazon.co.jp

完璧と言われる技巧を誇る沢井忠夫さんと、長年音楽活動を共にしていた沢井一恵さん夫妻が奏でる宮城道雄作品は、地上アナログ放送とデジタル放送の画質の違いを思わせるほどの、明晰・鮮烈な世界を現出させています。二人の奏者の高度なテクニックが存分に発揮され、宮城道雄の音楽の未踏の地平が提示されています。宮城作品に並々ならぬ関心を抱き続けた沢井忠夫さんのこだわりと情熱が、日本国内で発売できないことを承知の上で、この気魄に満ちたCD録音に結実したのです。本作は輸入盤ということもあって、発売時もあまり日本では流通していませんでした。なので、まだお聴きになっていない方も多いかもしれませんが、お薦めのアルバムです。


[:W180]ところで、「海外で録音・販売されたCD」の中で、宮城道雄作品を収録しているユニークな(=類例のない)アルバムがあります。世界的ヴァイオリニストで鬼才の名をほしいままにするギドン・クレーメル吉野直子(ハープ)とのデュオ『INSOMNIA(眠れない夜)』、その1曲目に、クレーメルのヴァイオリンと吉野直子のハープで、宮城道雄「春の海」が収録されています。本作は1996年 東京・紀尾井ホールでの録音とのクレジット。おそらく発売元のPHILIPS社とビクターとの間で、一時的な何らかの契約が締結されたのでしょう。この演奏は、いつも耳にする宮城道雄と共演したルネ・シュメーのヴァイオリンとは(当然ながら)全く異なる個性と様式によるもので新鮮に響きます。

本アルバムの標題作、高橋悠治さん作曲の「眠れない夜」は、ここではヴァイオリン、声、箜篌(くご)のためのヴァージョンで収録されています。ジャケット写真で吉野直子さんが抱えているのが箜篌。これは正倉院復元楽器のひとつで、いわば東洋の古代ハープといった趣。不思議な世界が波紋のように広がる音楽が展開されています。なお、本作の海外盤はジャケット・デザインが異なります。箜篌(くご)は、7月に発売を予定している芝祐靖さんの作品集『正倉院復元楽器のための“敦煌琵琶譜による音楽”』(当ブログ2011年2月3日の記事を参照→ )のなかにも登場します。


◇2011年9月23日 追記

上でご紹介した沢井忠夫さんの宮城道雄作品集は、2008年に京都レコードから(宮城道雄の著作権とビクターの専属契約が解除されたことを受けて)国内盤がリリースされていました。国内盤ではボーナストラックとして、1962年録音の「手事」パート1(手事風)と、1971年録音の「手事」パート3(輪舌風)が収録されています。邦楽ジャーナルのウェブショップで入手可能です。→ 沢井忠夫の幻の名盤が再登場!

この国内盤のライナーノートは制作を担当した京都レコードの石井満補さんが執筆されており、それを読んで、本アルバムが元々、1995年の沢井忠夫・沢井一恵お二人のパリ国立劇場公演の機会に、石井さんの手でパリで収録されたものだと知りました(その後、完成までにもう一度石井さんはパリに足を運ばれたそうです)。京都レコードでは、沢井忠夫さん、沢井一恵さんの貴重なCDを数多く制作されていましたが、現在入手困難となっています。邦楽ジャーナルのウェブショップでは、そのいくつかがまだ購入可能です。


そして、当財団からも沢井忠夫さんが宮城道雄作品を弾いた貴重な音源が復刻されています。「諸派の名手の演奏で聴く 宮城道雄作品集(上)」(VZCG-642)

邦楽界の重鎮で当時宮城道雄記念館館長だった吉川英史さんの企画で実現した、宮城会以外の諸派の一流演奏者が宮城作品を弾いた演奏会、昭和55年(1980年)12月23日、新宿朝日生命ホールにおける「第2回宮城道雄記念館主催公演・諸派の名手の演奏で聴く宮城道雄作品」の貴重なライヴ収録音源です。演奏会は立ち見も出る超満員の盛況で、このレコードも発売当時は大変な話題を呼びました。CD化に際しては上下二巻に分けて発売しております。(沢井忠夫さんが演奏する宮城道雄「手事」が収録されているのはこの上巻です)

(堀内)