じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

「京のみやび」井上八千代・藤舎名生

昨夜足を運んだのは、国立劇場で開催された井上八千代さんの舞と藤舎名生(とうしゃ めいしょう)さんの笛を中心とする公演「京のみやび――京舞と一管の調べ」。本公演はNHKが制作する「芸の真髄シリーズ」の第五回。昨年開催された第四回は、清元二派の80年ぶりの合同公演の企画「清元 〜清き流れひと元に〜/清元延寿太夫清元梅吉(*)、これが大きな話題をさらい、番組は何度も再放送を重ねてDVDも発売されました()。 今度の公演も当然NHKの撮影部隊が会場入りしていました。たぶん「清元」のときのように、公演までの準備の過程を追ったドキュメンタリーも制作取材されているのでしょう。放送が楽しみです。

* 当ブログでも以前に記事を書いています。(2010年11月6日)
「再放送:清元延寿太夫 清元梅吉」

また本公演は東京都が推進している伝統芸能をサポートする大型プロジェクト「東京発・伝統WA感動」の一環にも組み込まれていて、NHKエンタープライズ・芸の真髄制作委員会と、東京都・東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)/東京発・伝統WA感動実行委員会の共同主催となっています。「東京発・伝統WA感動」の次回公演は、9月10日(土)国立劇場での声明・雅楽公演、菅野由弘作曲「十牛図(じゅうぎゅうず)」[国立劇場委嘱作品・初演]と武満徹作曲の名作「秋庭歌一具(しゅうていが いちぐ)」。演奏は伶楽舎ほか。

さて、この日の公演「京のみやび――京舞と一管の調べ」のチケットは大人気で早々に完売。当日は立錐の余地もない超満員で、客席やロビーは着物姿の方がいつも以上に多く、京ことばが飛び交う独特の華やいだ雰囲気。それに最後の演目「廓の賑(くるわのにぎわい))」では舞妓さんが大勢ご出演になるので、まさに国立劇場全体が「みやび」という感じです。客席には舞や和楽器に深い関わりをもつ玄人筋とおぼしきお客様も多くいらして、独特の緊張感がありました。

そうなると、舞台に上る演者のほうも当然張り合いが出てくるものです。一流の演奏家陣が繰り出す細部にまで濃密な表情をにじませた名演の連続に、日本古典芸能の凄味を存分に感じることのできた一夜となりました。プログラムは以下。

一 居囃子「石橋」大獅子
笛:藤舎名生/小鼓:大倉源次郎/大鼓:安福光雄/太鼓:中川秀亮
地謡梅若玄祥、ほか

二 地唄「玉取海士」
舞:井上八千代/笛:藤舎名生/唄と三絃:祇園甲部芸妓
三 長唄「三曲糸の調」
笛:藤舎名生/唄:杵屋東成、今藤長一郎、東音味見純/三味線:杵屋勝禄、杵屋勝七郎、杵屋禄山

四 義太夫:上方唄「もさ順禮」
舞:井上八千代/浄瑠璃:竹本駒之助、ほか/三味線:鶴澤津賀寿、ほか/唄・三味線:祇園甲部芸妓/蔭囃:藤舎名生、藤舎呂英、ほか

五 手打「廓の賑」七福神 花づくし
出演:祇園甲部歌舞会


井上八千代さんの舞は、感情のオン、オフの交代という私がこれまで地唄舞に抱いていた特色とは別次元に位置しており、終始張りつめた状態のなかで推移する多様な情意の展開に、静謐と自己超克の意志を内在させた日本舞踊が目指すひとつの表現の方向性の真骨頂を観たように思いました。

画家の千住博さんは、パンフレットのなかで、井上八千代さんの「静寂を表出する美」と、「この境地に到るまでに課せられる自己抑制や高い教養、人間としての完成度」について記されていますが、この舞を観たあとだと、大変に説得力をもった言葉として心に響きました。

私が座っていたのは大劇場一階の後方の席。眸に映る舞の姿は遠く小さなものでしたが、たとえ曖昧な輪郭であっても踊りの核心を縁取る線は明瞭な意志によって空間内に刻印されていました。

居囃子「石橋(しゃっきょう)」は能と歌舞伎のそれぞれの演奏家による共演。ただしお互いに慎重な様子見で終わったところがなきにしもあらず。しかし、それも、非常にレベルの高い次元での話であって、優れた舞台は限界のその先にあるものを気付かせてくれます。

地唄玉取海士(たまとりあま)」。三絃は京都に伝わる柳川三味線。これが素晴らしい。私が好きなLP盤『京都<古都の一年>』()にも出てきますが、柳川三味線の低音が精妙にうなる音色は、京都の町によく似合います。

ところで当財団の今年度の邦楽技能者オーディション合格者2名の内のひとりは柳川三味線林美音子さんです。合格者CDは11月初旬の完成予定ですが、柳川三味線だけのアルバムは、おそらくこれが初めて。林美音子さんは11月8日(火)に京都府府民ホール アルティで演奏会を開催予定です。(

長唄三曲糸の調(さんきょくいとのしらべ)」では、杵屋勝禄さん、杵屋勝七郎さん、杵屋禄山さんの三味線に耳と目が釘付けに。また義太夫・上方唄「もさ順禮(じゅんれい)」は、浄瑠璃に対する太棹の旋律に斬新な工夫が鏤(ちりば)められており、ときどき唖然とするような展開も登場。パンフの詞章を追いながら井上八千代さんの舞が描く世界を辿りつつ観たのですが、振り付けに隠された含意にハッと気付く瞬間もあって(錯覚かもしれませんが・・・)楽しめました。

じつは当夜、私が圧倒され感銘を受けたのが、もうひとりの主役である藤舎名生さんの笛。自己を隠すことによって顕すという作法。目立たないことで存在感を増す仕方で、つねに舞台の上に特別な雲をたなびかせていたように思います。ある境地に達した演奏者だけに許される表現の領域と言ってもよいのでは。

平成元年(1989年)に、世阿弥の書に登場する「名生」の名を復活して改名する以前は、藤舎推峰(とうしゃ すいほう)を名乗っていました。1970年代の藤舎推峰さんは、旧来の邦楽の世界にとどまらない新しい創作に積極的に取り組む演奏家の筆頭に位置し、たとえば、1960年代末に欧米クラシック界を席巻して吉田秀和さんが「セイジ・オザワ(小澤征爾)に次いで日本が生んだ世界的スケールの演奏家であると思う」と評した天才打楽器奏者ツトム・ヤマシタさんとの共演を行なう等、さまざまな試みに真摯に挑んでいました。

 

なかでも印象深い記録として残されているのが、この2枚のアルバム。ツトム・ヤマシタさんの凱旋公演(1971年1月11日、東京文化会館小ホール)のライブ録音盤で、共演は藤舎推峰さん(笛)と藤舎呂悦さん(鼓)です。左は『―打― ツトム・ヤマシタの世界』〔ヒューエル・タークィ:《踊るかたち》からのヴァリエーション/ツトム・ヤマシタ:《人》の三楽章〕(NCC-8004-N、コロムビア)、右が『渦 ツトム・ヤマシタの世界〈2〉』〔レオ・ブルーワー:エクセドロス I/ツトム・ヤマシタ:念佛/渦(即興演奏)〕(NCC-8015-N、コロムビア)。

ここに収録された演奏、殊にツトム・ヤマシタ作品と三者の即興演奏「渦」では、音のない時間、静寂と緊張に満ちた「間」によって中心となる音楽的時間が形成されていて、日本の伝統音楽が養ってきた「響きの間」の本質が、最上のかたちで実現されたもののひとつだと思います。

このツトム・ヤマシタさんのリサイタルのライブ録音は、世界初のデジタル録音によるレコードとしても知られています。当夜もう一曲演奏された武満徹さんの作品「一柳慧のためのブルー・オーロラ」は、青い照明に照らされた中、会場内を移動して演奏する静謐な音楽だったようで、これは視覚面が重要な役割を含むのと、マイクセッティングの関係上、収録ができなかったのでレコードに入っていないと推測されます。この日の公演の模様を安芸光男さんの批評で読むことができます。→ 「カオスの司祭 ―― 新しい音楽の創造者ツトム・ヤマシタ」 林光さんにも、同じ公演に触れたエッセイ「ひと 山下勊」があります(著書『エンビ服とヒッピー風』所収)。

(その後、ツトム・ヤマシタ[Stomu Yamash'ta]さんはロック・グループ Go を組織し、世界的に一段と幅広い聴衆を獲得。しかしその後、消費物と化してしまった現代の音楽シーンに疑問を抱き、商業的な音楽活動から身を引きます。ツトム・ヤマシタさんの音楽については、また機会があればあらためて当ブログで書きたいと思います。)

1970年代後半から1980年代のNHK-FM現代の音楽」では月に一回は現代邦楽が特集されていましたが、そこでも藤舎推峰さんの登場回数は多かったように思います。そこで聴く自作品は、寂寥に包まれた妙なる抒情を秘めたものでした。

藤舎推峰時代の記念碑的な作品のひとつが、京都の四季を通じて、市内各所の自然の環境のなかでレコーディングされた笛一管によるアルバム『四季の笛』(LP 4枚組 WB-7097/7100、コロムビア)です。本作は昭和58年度の芸術祭優秀賞を受賞しています。ここで藤舎推峰さんは、音楽の自然との関わりという日本音楽の古典的美意識の原点に、独特の作法を通じて立ち返っています。

市内のどこで録音したのかは、以下の図版を参照。さえずる鳥の声、集(すだ)く虫の声、川のせせらぎ、大気を微かに伝わって届く生活(くらし)の音。そのなかで、藤舎推峰さんが吹く一管の笛の音が、空間に身を寄せ、空間を斬り出し、空間を象っている――。いや、そうではなく、場所が語りかける声に静かに耳を傾けている状態が、そのまま一筋の笛の音となって響いている・・・。そう言ったほうが、適切かもしれません。

解説書の執筆は、作家の水上勉さん、哲学者の谷川徹三さん(詩人谷川俊太郎さんのお父様)、笛奏者の福原百之助さん(後に寶山左衛門と改名)、曲目解説は藤舎推峰さん自身という超豪華な内容。

谷川徹三さんの解説文中で、藤舎推峰さんの笛に匹敵するほど大きく心を動かされた音楽として、マリアン・アンダースンの黒人霊歌集とイヴ・モンタンが17世紀のシャンソン(恋愛歌)を歌ったLPを挙げていらっしゃるのが、じつに味わい深く印象的。

本作『四季の笛』はCD化されています(現在廃盤)。CDは、完全CD化の2枚組と抜粋した音源で1枚にまとめたものとの二種類があります。下の画像は2枚組CDのジャケット。

この作品に関しては安芸光男さんが書いた批評があります→「自然との一体  藤舎推峰の世界」

その後、ソニーから数枚のアルバム作品を、また藤舎名生に改名後もコロムビアから『月山』他のソロ・アルバムが発表されており、そのどれもが素晴らしい内容です。以前このブログでもご紹介した「日本音楽の巨匠」シリーズの一枚として出た『笛 藤舎名生――四神』(COCF 71062、コロムビア)は、緊張、静謐、抒情の美学が横溢した必聴盤。


他に当財団から発売しているCD作品の中から、藤舎推峰時代に参加している2枚のアルバムをご紹介します。上と同じく「日本音楽の巨匠」シリーズの一枚で、『三十弦 ── 宮下伸』(VZCG-504)。こちらでは、三十弦、ソプラノ箏と篠笛、能管のための正倉院に参加。

そして、宮下伸(みやした しん)さんのお父様で、現代邦楽の最も奥深い領域のひとつを切り拓いた初世宮下秀冽(みやした しゅうれつ)さんの作品を集めた『双調の曲 初世 宮下秀冽 傑作集』(VZCG-733)というアルバムでは、三十弦、雅楽の楽器、アジアの民俗楽器の大アンサンブルのための大作で昭和57年度(第37回)芸術祭賞優秀賞を受賞した作品「風化無限」に参加されています。

 

(堀内)