じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

受け継ぐもの

昨年4月に歌舞伎座が建て替えのために閉まってから早1年半。毎月のように通っていたこともあるのに、あの独特の空間で観られないと思うせいか、なんとなく歌舞伎から足が遠のいていました。

(写真は昨年2月のさよなら公演の歌舞伎座
そんななか、先日市川亀治郎さんの新・猿之助の襲名と、香川照之さんが子息とともに歌舞伎入りするというニュースが飛び込んできて、うれしくなりました。この襲名披露はぜひ観に行かなくては!その前に襲名前の亀治郎さんの舞台にも行かなくては!と歌舞伎熱がよみがえってきました。
猿之助さんはスーパー歌舞伎で名を馳せましたが、歌舞伎の舞台での「黒塚」をはじめとする舞踊や名演の数々が忘れられず、ご病気のために拝見できなくなったのをとても寂しく思っていました。
香川さんの長男、政明クンは猿之助さんにとって直系の孫にあたるわけで、その子が自身の前名である團子を名乗って歌舞伎の世界に入るというのは、どんなにうれしいことでしょう。猿之助さんの甥の亀治郎さんは、この名跡を継ぐにふさわしい役者として実力をだれもが認めるところですが、将来、團子クンに芸を受け渡すというミッションを携えての襲名でもあります。
香川さんの夢をあきらめないチャレンジ精神にも驚かされましたが、その先の世代へつなぐということを考えての親子での歌舞伎入りは、感慨深いものがあります。
時代を超えて受け継がれ、洗練されてきた伝統芸能には、それだけの大きな価値があると思います。それを守るだけでなく発展させ、さらに次世代に受け継ぐのは、ほかならぬヒトの力です。その大きな流れについて考えさせられるニュースでした。
最近もう一つ、芸を受け継ぐ、という場面に接する機会がありました。
9月29日(木)と30日(金)の2日間、紀尾井小ホールで「紀尾井素踊りの會 特別公演 五代目中村富十郎を偲んで」が開催されました。「紀尾井素踊りの會」は年1回行われているシリーズ企画ですが、今年は特別な意味がありました。昨年9月から中村富十郎さん親子共演の会ということで準備を進めてきたのが、企画をした富十郎さんが今年の1月3日に亡くなったため、異例の追悼公演となったのです。全部で3演目。
まず最初は、富十郎さんと親交の深かった観世流能楽師の片山幽雪さんの監修で、子息の中村鷹之資(たかのすけ)クン(12歳)の仕舞「花月」。片山九郎右衛門さん、味方玄さん、谷本健吾さんの地謡で立派に演じました。以前テレビ番組で、富十郎さんの「勧進帳」で鷹之資クンが義経を演ずるのを観たことがあります。「勧進帳」は能の「安宅」が元になっているため、鷹之資クンが熱心に片山幽雪さんの教えを受けている場面が映されました。それからずっと研鑽を積んできたのでしょう。
次が清元の「北州」。舞台の背景に富十郎さんの大きな写真が掲げられ、演奏のみでありし日の舞台を思い起こさせるという趣向です。清元の再統一は富十郎さんの母で日本舞踊家吾妻徳穂さんの願いでもあったそうで、それを象徴する延寿太夫さんと梅吉さんによる演奏でした。
そして最後の曲が清元と箏曲による「花月」。生き別れになっていた父と子が再会するというストーリーで、最初に演じた能の「花月」が元になっています。富十郎さんはかつて梅若玄祥さん、藤間勘十郎さん親子の舞台で「花月」を観て(この二人は能楽と日本舞踊という別々の世界に住む親子です)、自身も親子で演じることを切望していたそうです。今回は尾上松緑さんが代わって鷹之資クンと演じました。
いずれも富十郎さんの思いがこもったプログラムで、ご本人がいないのがつくづく残念ですが、鷹之資クンはその思いをしっかりと受け止めているようでした。まだ肩上げのある少年の姿ですが、振りが大きく、堂々と見えました。今後の成長が楽しみです。客席では、親子をよく知る方でしょうか、目頭を押さえている女性もいました。鷹之資クンの学友と思われる子どもたちの姿も目立ちました。
新・團子クンに鷹之資クン、確実に21世紀の歌舞伎を担うであろう二人を、ずっと応援していきたいと思っています。

(Y)