じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

市川春猿『女づくり』。そして、大向うさん

歌舞伎の女形である市川春猿さんの著書『女づくり』を読みました。タイトルの通り中身は・・第一章「歌舞伎に学ぶ、おんなの美学」、第二章「女を磨く!25のレッスン」と、女らしくなるためのハウトゥ本でした。勿論、女らしくなるために読んだのではありません。きっかけは、3/18日曜日の朝のこと、ラジオでTOKYO FMを聴いていると、トム・ハンクスなどの声優で知られる山寺宏一さんのKEEP ON SMILINGという番組に歌舞伎役者の市川春猿さんがゲスト出演なさっていて、著作を紹介されていたのでした。fmosaka.net〜Keep on Smiling
春猿さんは5歳の時に初めて歌舞伎を観て『歌舞伎役者になろう』と決意なさったとか。なんと進路決定が早いこと! ご自身のホームページ Shun-en.com - の芸歴を見ると、国立劇場の研修を修了後に市川猿之助に入門し、猿之助の部屋子となっています。
『女づくり』の第三章では、お祖母様に連れられて初めて観た舞台の歌舞伎、吉川英治原作の新歌舞伎「新書太閤記」のことや国立劇場の研修生時代のエピソード、猿之助師匠からいただいた「春猿」の名前のことについて書かれています。
また第四章では、2006年の歌舞伎座公演「天守物語」で亀姫役を演じ、富姫を演じる玉三郎さんとの憧れの共演で玉三郎さんに学んだことについて書かれていました。「天守物語」については、別件になりますがこちらのブログもご参照下さい→泉鏡花、円熟期の傑作「天守物語」 - じゃぽブログ

梨園の血筋ではなくても、春猿さんのように3歳の頃からテレビで歌舞伎の舞台中継を好み、5歳の時には生の舞台を観て運命を決める役者さんもいらっしゃるのですね。これからの未来も沢山の子供たちが日本の伝統芸能と出会う機会に恵まれて、伝統文化が受け継がれていくことを切望します。当財団も少しでもご助力ができますように。

さて、ラジオ番組のほうでは春猿さんが歌舞伎役者への声掛けを話題にしていました。舞台用語では、この声掛けをする観客のことを「大向うさん」と言います。私もたまに一幕見席などで観劇していると、今まで静かに観ていたお隣や目前の席の方がいきなり「待ってました!」「○○屋っ」などと大きな声を出されてびっくりしたりするのですが…。

大向う(大向こう、おおむこう)を検索するとウィキペディアにこうありました。

歌舞伎では劇の雰囲気を盛り上げるために、大向うから声が掛かる。歌舞伎の中には、俳優が大向うの掛け声を巧く利用した演出がいつしか定着し、その掛け声がないと進行できないような舞踊もある。 劇場は、声を掛ける者の一部に、掛け声の会に所属することを条件に木戸御免(きどごめん:芝居などに料金を払わず入れること)の許可証を発行している。 [注1]。 しかしながら、一般の人の掛け声もしばしば聞かれる。
[注1] 役者から些少なご祝儀が出る場合もある。 戦前の例であるが、十五代目市村羽左衛門は、大向うにお金を渡したうえ食事を奢ったことがあるとされる。当時の通常では贔屓筋のお客が役者をご馳走するが、このケースその逆である。

木戸御免となる特権がある劇場公認の会は東京だけで寿会、弥生会、声友会の3組があり、関西には初音会があるとの記載もあります。
「しかしながら、」と上記にもあるように、芝居に感極まった一般の人の掛け声も春猿さんは大歓迎だそうで、一階席の観客であっても声掛けをしてはいけないという規則はないので、自分はかまわないと思う、とおっしゃっていました。(以前、歌舞伎ファンの方から、一階での声掛けはマナー違反ではないか、との意見を受けたこともありますが、ということを前提にしたご発言)

また、声掛けの種類を紹介していました。「待ってました!」「○○屋っ」の他に、「○代目!」、決めポーズが美しいと「そのかたち!」、そして面白いのはその役者の住んでいる現住所を声掛けするそうで、七代目 中村 芝翫(しちだいめ なかむら しかん)は「神谷町(かみやちょう)!」と声掛けされるそうですよ。
今年の初春歌舞伎公演での「奴凧廓春風(やっこだこさとのはるかぜ)」を観た時には、松本金太郎の手をひいて登場した松本幸四郎に、「よっ、おじいちゃんっ!」の声掛けがされていました(笑)→こいつぁ春から縁起がいいわえ - じゃぽブログ

春猿さんとは対象的に梨園の血筋に生まれた金太郎くんのほうは、春猿さんのように自分から選んだ道ではなく、否応なしに生まれた時から周囲の期待を背負ってこの道に足を踏み入れたのでしょう。
『女づくり』によると、梨園の家に生まれた子供は6才の6月6日からお稽古を始めさせる習わしもあるそうです。15歳で初めて歌舞伎の世界に本格的に触れた春猿さんは10年分のギャップを埋めるためにも日々の努力を肝に銘じて精進していらっしゃるとのことですが、金太郎くん自身も彼を導くおじいちゃん(幸四郎さん)もまた並々ならぬプレッシャーを受けていらっしゃると思います。
どちらも芸を磨いていく姿というのは美しいものですね。

(J)