じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

昭和44年刊「日本の伝統音楽」

日本の伝統音楽の全般をわかりやすく紹介する本は、今では何種類も出ていますが、今回のブログで取り上げるのは、昭和44年に刊行された硬派なハンドブック、『教育音楽別冊 日本の伝統音楽』(音楽之友社)です。

この本の存在を、私は、日本を代表するフリージャズ・ドラマー(パーカッショニスト)の豊住芳三郎さんから教えていただきました。

そもそも本書は、学校教育の現場の先生方のために(当時の音楽教育の場で邦楽を教えることは一般には排除されていたので、相当に熱い思いの籠もった反骨的な企画だったと思います)、邦楽の代表的な種目についてそれぞれの専門家が解説する、という趣旨で制作されたものですが、どの執筆者もほぼ妥協なしの気合の籠もった文章を寄稿したことで、結果として当初の目的以上の怪物的な本が出来上がってしまった……という印象を受けました。本書の密度の濃さは、この「目次」を見ればお分かりになるかと思います。

伝統音楽概説  大久間喜一郎
日本語と旋律  金田一春彦
総合芸術としての日本音楽  郡司正勝
諸流派の成立と特殊性  西山松之助

■伝統音楽の展望
雅楽の歴史と変遷  押田良久
声明の沿革と概観  片岡義道
能の大成における世阿弥  松本雍
浄瑠璃の現状と演奏  倉田喜弘
技芸伝承の上から長唄の歴史をたどる  町田佳聲
琵琶と箏の音楽 ──その総括的把握を中心に  平野健次
尺八・多孔笛・法竹  海童道宗祖
詞型に観る民謡の変遷  浅野建二
「現代邦楽」の今日的意義  長広比登志

■教育の場における伝統音楽
日本音楽の鑑賞について  吉川英史
鑑賞教材解説  星旭
民謡採譜のあり方と方法  牛山杲
民謡編曲の方法  小林秀雄
民謡の歌唱について  内田るり子

■資料
日本音楽史年表  星旭
日本の楽器  柴田耕頴
レコードは何を選ぶか  大浜純三

ここで取り上げられている日本の伝統音楽のいずれの種目においても、今日の時点で多少なりとその実態に通じている方が本書をご覧になれば、1969年当時の原稿ということもあるので幾らかの瑕疵(かし)や誤認、偏向などをご指摘になるかもしれません。でも、私としては、学問的な厳密性以上に、本書のそれぞれの筆者の記述から溢れ出てくる、対象の本質に迫ろうとするエネルギーの存在に注目したいところです。こうした熱気が、意味としての理解を超えて、邦楽の魅力への誘惑となって読み手に伝播していくという点で、本書は私にとって、今もなお、強いリアリティを感じさせます。

(とはいえ、文体も堅苦しいし、第一、中味も最初から一般読者というよりも学校の“音楽の先生”向けなので、入門書・概説書としては、たしかに読みづらい。第一、まったく分かりやすく書かれていないような気がします。w)

では、本書の巻頭に掲載されている口絵写真をすべてご紹介いたします。


まず、これは今年9月に国立劇場での公演も予定されている(当ブログ過去記事参照→ )、大阪四天王寺聖霊会(しょうりょうえ)で使われる雅楽の大太鼓です。私が現地で見た実物は物凄い大きさでした。今度の公演では、これを国立劇場に搬入するのでしょうか・・・?



この見開きは、右ページの上が「舞楽」。その下は、右が雅楽の鞨皷(かっこ)。左は和琴(わごん)。左ページの上が雅楽の「管弦」。その下、右は笙(しょう)、左は真言声明の散華行道。



次の見開き。右ページ上が能楽、その下は文楽太夫と三味線、そして人形)。左ページの上は歌舞伎。中段は人形浄瑠璃、下は長唄



口絵写真の最後の見開き。右ページ上は海童道祖(わたづみどうそ)が法竹(ほっちく)を吹上(すいじょう)している写真。その左下は箏。その左上にちょっと隠れていますが、山口五郎さんが尺八を吹いている写真。下は三曲合奏(箏、三絃、尺八)。左ページは上が富山県の「こきりこ節」、中が「邦楽4人の会」(左から二人目が後藤すみ子さん。今年当財団から優れた宮城道雄作品集をリリースしています→ )、下の写真は、指揮者や洋楽器も加わっての現代邦楽作品の演奏風景。


本書を豊住芳三郎さんにお返しした後、すぐに自分用に古書店で探して入手。豊住さんから伺ったお話では、世界を舞台に活躍している日本の音楽家は、どんなジャンルの音楽家でも(ジャズでもロックでもクラシックでも)、一度日本の外に出ることで逆に日本の伝統的な音楽の重要性と独自性に気づき(たしかに、この種の音楽は当然ですが「日本にしかない」ものです)、積極的に関心を持つ人が多いそうです。ただし、その影響は、日本の伝統音楽が生(なま)の姿で直接的反映として現れるというよりも、むしろ、もっと抽象的な、日本人としての音に対する向き合い方であったり精神性の面で深く作用しているように思われます。

かくいう豊住芳三郎さんも海童道祖に直接師事されていました。いつでも強烈なものに純粋に驚き感動できる力を刷新し続け、つねに未知への挑戦を止めない豊住さんですから、それも全くあり得ることだと思いました。豊住さんから伺った海童道祖のお話は、実際に接した日々のなかでのエピソードだけに、どれも心に残るものばかりで、それは私がレコードを通じて海童道祖に抱いていた印象を少なからず改変させました(やはり海童道祖に直接会ったことのある土取利行さんからもお話を伺って、こちらもまた興味深い内容でした)。“海童道(わたづみどう)”の難しい哲理は自分にはよく分かりませんが(これは所詮、さまざまな実践を伴わない限り、観念だけで理解できるものではないのでは…?)、私はいまでも時々、深夜に部屋を真っ暗にして、道祖のレコードに耳を傾けることがあります。豊住さんのフリー・ジャズも、また聴きに行きたくなりました。

ともかく。どんなジャンルの音楽に興味をもつにせよ、日本の伝統的な音楽についてもぜひ知っていてほしいと思うのです……。べつに今回取り上げたような本を読む必要はありませんし、音に心身をゆだねるだけで十分です(やっぱりそれが基本でしょう!)。当財団のホームページでは、数多くのCDの検索ができますので()、自分にふさわしい日本の伝統音楽との新しい出会いを見つけ出してもらえたらうれしく思います。当財団のCDは、ほとんどレコード店では見かけないものばかりですが、基本的にすべて在庫は揃えています。お近くのレコード店でご注文いただければ2、3日でお届け可能ですし、Amazonをはじめとする各社インターネット・ショップでも購入できます。

(堀内)