じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

ジョン・ケージ「One⁹」/宮田まゆみ

今年はジョン・ケージの生誕100年、没後20年のメモリアル・イヤーにあたり、すでにプレ・イヤーとなる昨年から、世界各地でケージ関連のフェスティヴァルやイベント、コンサートが数多く企画されています。日本の地でも、東京ばかりでなく、むしろ地方の都市で意欲的なケージ関連のイベントがたくさんあります。なかでも、その白眉となりそうなのが、ケージの誕生日の9月5日、まさに生誕100年を迎えるその当日に開催される、宮田まゆみさんによるコンサートです。

 

宮田まゆみ 笙リサイタル
ジョン・ケージ生誕100年 没後20年 Thanks to John Cage

日時=2012年9月5日(水)午後7時
会場=サントリーホール・ブルーローズ
入場料=全自由席 4,500円(当日 5,000円)、学生券 2,500円(当日 3,000円)
出演=宮田まゆみ(笙)
曲目=ジョン・ケージ「One⁹」(全曲演奏)
主催・問合せ=株式会社AMATI(03-3560-3010)
チケット申し込みはこちらのリンク先を参照→

※公演時間は約2時間です。途中、休憩はございません。未就学児童の入場は御遠慮ください。

この公演は当財団で後援しています。HP「じゃぽ音っと」内に掲載してある本公演のコンサート情報ページ()から、「公演目的・ひとこと」をご紹介いたします。

「One⁹」は10曲の小曲から成り、数曲選んでも演奏できますが、通して演奏すると2時間を超える大作です。易によって選ばれた和音が時間の流れの中に点在します。
生誕100年、没後20年にあたる今年、その上ちょうど彼の誕生日にあたる9月5日に、私たちの感覚を解放してくれたケージ氏に感謝を込めて、多くの方々と新しい耳を共有したいと思い、このコンサートを企画しました。それは回顧ではなく現在進行形、101年目のジョン・ケージを共に生きていく体験ともいえます。


ケージは晩年に、ナンバー・ピースと称されるタイム・ブラケットによる作品群を作曲しています。それぞれの曲で趣は異なりますが、いずれも、静謐と間、緊張と繊細な響き、強度に溢れた沈黙で彩られた、すばらしい作品が多く、私もケージの作品を通じてこの晩年の作品群がとても好きです。

ナンバー・ピース作品のタイトルは、「One⁹」のような表記で統一されています。最初の「数字」は、その作品が書かれた「パート譜」の数(ほとんどは楽器指定があります)。右肩に小さく付けられた「数字」は、そのパート譜数のために書かれたシリーズ中、それが何番目の作品なのかを示しています。つまり「One⁹」は、独奏楽器のために書かれたナンバー・ピースの第9作という意味です。

実際のスコアでも、「数字」が大きな役割を担います。ケージがこのシリーズで「発明」した作曲技法は「タイム・ブラケット」というものです。楽譜上には、音程・音価・強弱や表情記号の付された一音もしくは和音が、それぞれ作品中の何分何秒から何分何秒までの間で演奏されるべきかが記されています。そのとき実際に出す音のタイミングは、演奏者が、自由に判断して決めます。つまり、ある程度の時間の枠は正確に与えられていますが、いつ音が鳴り響き、前後の沈黙が続くのかは、すべて演奏者の判断に委ねられています。演奏者は手元のストップウォッチを見ながら、個々の音を、決められた「時間の枠内」で自由なタイミングで出現させて、音を奏でます。

以下の画像は私の手元にあるケージのナンバー・ピース作品「TWENTY-THREE」(1988)のスコアから、「VIOLIN 1」のパート譜(の一部)。大体、雰囲気はつかんで頂けるかと思います。


「One⁹」は1991年の作品。個々の音はチャンス・オペレーションで選ばれて作曲されていますが、そのための素材を確認する作業は、宮田まゆみさんの協力で進められました。ケージは笙と宮田さんとの出会いから、大変触発されたと語っていました。同年、ケージは独自のカーヴド・ボウ(湾曲弓)で和音を奏でる実験的チェロ奏者ミヒャエル・バッハの協力を得て「One⁸」を作曲しています。この二曲は、ケージのナンバー・ピースのなかでも際立った魅力をもつ傑作です。

笙は元来リードを乾燥させながら演奏しますが、この「One⁹」の場合、長く連続して楽器を演奏するため、途中で新しい楽器と交換しながら演奏を続けることになるようです。ただし、mode から出ている「One⁹」のCD(全曲演奏ではありません。「108」との同時演奏)の解説書によれば、この楽器持ち変えの箇所は、作品内のセクションの区切りとは関係していません。


今回のコンサートを前に、宮田まゆみさんご自身が演奏会に向けてこの作品について語った動画がアップされています。

宮田まゆみ(笙)リサイタル 〜ジョン・ケージに感謝をこめて・・・



わたしが初めて宮田さんが演奏する「One⁹」を聴いたのは、作曲された翌年1992年4月3日カザルスホールで開催された「宮田まゆみ笙リサイタル」。このときは、同じ「One⁹」のスコアを使って、水を入れたほら貝と共演するナンバー・ピース「Two³」と組み合わせて演奏されました。当日のパンフレットから、同曲の解説と、作曲者ジョン・ケージのプロフィールをご紹介します。(この年の8月12日、ケージは79歳で亡くなりました。死の前日まで、仕事をしていました。)

 

「ONE⁹――TWO³」 笙と5つのほら貝のための(1991)

ケージが取り組んでいる独奏楽器のためのシリーズ Music for One の9曲目 "ONE⁹" は、1991年7月、笙のソロのために作曲された。
コンピューターによる易経の表から選び出された音の組合わせ、時間設定を用いた、チャンス・オペレーションによる偶然性の作品で、10数分の小曲10曲から成る。
この作品ONE⁹は三種の演奏形態をもち、――独奏、打楽器と共演、108人のオーケストラと共演、――それぞれ<ONE⁹> <TWO³> <108>と題名を変える。
"TWO³" は、92年1月、水戸芸術館磯崎新 1960/1990建築展」記念コンサートで初演された。


ジョン・ケージ John Cage
1912年アメリカ・ロスアンジェルス生れの作曲家。音楽哲学者、著作家。1930年代末にピアノの弦にボルトやナットをはさんだ「プリぺアード・ピアノ」のための作品を発表して音楽界に衝撃を与え、50年代には偶然性や不確定性を音楽に取り込むなど、その作品と音楽思想によって世界の現代音楽界に決定的な影響を与えてきた。彼の音楽では、中国の易によって音を選択し、楽曲を構成するなど様々な民族音楽の要素が反映され、作曲の素材はラジオや騒音を含むすべての音現象に拡大されている。また、作品の自己完結性を前提とする西洋音楽の伝統から彼は意識的に乖離し、「行為」の音楽作品への取り込み、聴衆の参加といった新たな方向を見い出している。他方、ケージは鈴木大拙らの影響で禅などの東洋思想へ強い共感を示し、また詩作や絵画・石版画の創作、建築への造詣、さらにはキノコの情熱的な研究などによって独特の関心領域を形成しており、音楽活動のみならず人間としての強烈な個性のために熱狂的な崇拝者を生んでいる。


ここに鈴木大拙の名前が出てきましたが、昨年(2011年)秋、故郷金沢に「鈴木大拙館」が開館しました。谷口吉生さんによる空間設計が素晴らしく、いつかこの場所で、宮田まゆみさんの奏でるケージ作品を聴く機会が訪れることを予感しています。

(堀内)