じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

民謡で大切なものとは

10月9日(土)と10日(日)は、福島県相馬市で「相馬民謡全国大会」が開催されます。初日は予選で、200人近い参加者が朝から夕方まで相馬に関わる民謡を歌います。人気が高いのは「新相馬節」や「相馬流れ山」ですが、どちらもなんともいえない深い味わいがある曲です。

以前キングレコード勤務時に、この大会で審査員をご一緒した民謡協会の大ベテランの方から個人的に伺った話がとても印象的でした。いわく、「審査ではあまり音程の正確さばかりに気をとられず、歌全体を聴くように。戦後は民謡を西洋音階で歌うようになってしまい、せっかくの味わいを失くしてしまった。その代わり、大勢の人が一緒に歌ったり聴いたりする場が生まれたり、違う土地の歌でも歌いやすくなった面もあって、それで民謡愛好家が全国に広まったともいえるのだが。」

戦前NHKがラジオで民謡大会を始めた頃を境として、舞台の上で尺八や三味線を伴奏に歌う形式が定着し、やがて日本各地の民謡をレパートリーにした「プロの民謡歌手」が生まれ、誰もが歌いやすく、聴きやすい、いわば民謡の標準化が起こりました。「正調・・・節」といったオリジナルの形を意識した歌が出てくるのも、その裏返しです。

当財団から発売している民謡作品のなかに、『現地録音による 椎葉の民謡』があります。数多くの民謡=文化遺産の宝庫である宮崎県椎葉(しいば)村は、「ひえつき節」の故郷としても知られていますが、本作は昔から継承されてきた民謡の生の姿を、出来る限り生活そのものに寄り添って自然な状態で録音した貴重な民俗芸能の記録であり、平成6年度(第10回)の文化庁芸術作品賞を受賞しています。

このとき、「ひえつき節」の本来の形を聴いた録音取材班は、全国的に有名になった民謡「ひえつき節」とのあまりの違いに最初耳を疑ったそうです。民謡といえば、なにか昔から変わらずにずっとあるものという漠然とした先入観がありますが、じつはそんなことはなく、時代に応じてその姿を変えているわけです。

もともと民謡は当然ながら西洋の十二平均律とは違った微妙な音程の幅をもっていて、だから民謡で言う「音程の正確さ」とは純粋なピッチではなく、音の運びの相対的な勘所のことではないかと思います。そしてその勘所は年齢や性別、仕事の職種などによって違ってくるでしょうし、つまりは、それぞれに「正しさ」があるとも言え、その上に「味わい」の深さや魅力といった「聴きどころの違い」が現われてくる。とすれば、その「味わい」の判断を西洋音階的なピッチの正確さに求め過ぎてはいけないという視点は、民謡を聴く面白さの再発見につながるかもしれません。民謡の味が、元来、それを歌う人の「生活の味」のなかにあったという「うたの原点」を、もう一度考える必要がありそうです。

(堀内)