じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

ウウェペケレ/林光/M・カニングハム

先々週の民映研民族文化映像研究所)の5日連続の上映会は、一日だけ用事があって行けなかったのですが、連日通って都合4作品を鑑賞することができました。『イヨマンテ─熊おくり─』、『周防猿まわしの記録』、『豊松祭事記』、『椿山(つばやま)〜焼畑に生きる』。大変濃密な体験でした。50年近くで119本の作品を作ってきた民映研の、初期の代表作が一挙に上映された特別な催しでした。

所長の姫田忠義さんは、アイヌ文化復興に尽力した萱野茂(かやの・しげる)さんと共に、アイヌの生活文化を主題にした映画作品をいくつも制作されていますが、映画以外に出版でも萱野さんに協力した作品があります。
 

「萱野さんが、ひとりこつこつとアイヌのフチ[お婆ちゃん]たちの覚えているアイヌ語の伝承を録音して歩いていることや、アイヌ民具を集めていることも知った。それらは、すべて自費自力でやっているとも聞いた」(『忘れられた日本の文化─摂り続けて30年─』/姫田忠義岩波ブックレット〕)。まさにこの録音が、カセットテープ付き書籍『ウウェペケレ集大成第一巻』(アルドオ)となって昭和50(1975)年の第23回菊池寛賞を受賞。ただしこの本は助成金を受けたために、一般書店で販売することができませんでした。そして、30年後の2005年に、当財団からCD完全版として発行されたのが、『新訂 復刻 ウウェペケレ集大成』です。CD付き書籍という体裁の作品ですが、流通の取り決めの関係で書店では販売しておりません。レコード店を通じてお取り寄せが可能です。生きたアイヌ語の資料として他に比類のない、極めて貴重なものです。

初版と復刻版の書籍には、ウウェペケレ(アイヌの昔話)のカナ表記とその日本語訳が全て書かれているだけでなく、萱野茂さんと姫田忠義さんの対話が、各話ごとに掲載されています。これは、「アイヌのことはアイヌ自身が語るべきだ」とする考えからのものです。姫田さんの制作したアイヌの映画でも同様に、姫田さんと萱野さんの対話と共に映画は進行していきます。民映研の映画には、雰囲気づくりの音楽も演出気味のナレーションもありませんが、当事者と姫田さんとの対話で進行し、映像それ自体に語らせるというスタイルには、観る人をぐんぐん引きつける力があります。

民族文化映像研究所ホームページ
民族文化映像研究所ブログ「民映研ジャーナル」

このブログを担当されているのが、姫田所長の次男の姫田蘭(ひめだ・らん)さん。先日の上映会でも大変お世話になりましたが、その蘭さんから、当財団理事長の藤本にとご恵贈いただいたのが、蘭さんのお兄様のフルーティスト・姫田大(ひめだ・だい)さんが中心となって制作されたCD『林光 [パリ1923]/姫田大(フルート)、ヴィム・ホーグヴェルフ(ギター)、新井純(歌・朗読)』(発売元:林光事務所、販売元:コジマ録音)です。理事長から借りて先週末に聴いてみたのですが、これがじつに素晴らしいのです! 池田逸子さんの解説も要を得て無駄がなく、しかも噛めば噛むほど味がでるという点で、このCDに収録された音楽と同じ空気を吸っていると言えるでしょう。

全曲 林光作曲

1. 裸の島(ヴィム・ホーグヴェルフ編曲)
2. 魚のいない水族館[詩:佐藤信](ヴィム・ホーグヴェルフ編曲)
3. 波紋
4. あばよ上海[詩:佐藤信](ヴィム・ホーグヴェルフ編曲)
5. 2つのギターのためのエチュード
6. 三十五億年のサーカス[詩:佐藤信](ヴィム・ホーグヴェルフ編曲)
7. ファンタジア JOHANN SEBASTIAN…2:林光(ヴィム・ホーグヴェルフ編曲)
8. F.G. ロルカ採譜:“スペイン民謡集”より「アンダ・ハレオ」(F.G. ロルカ〜V.G. ベラスコ編曲/濱田滋郎訳)
9. F.G. ロルカ採譜:“スペイン民謡集”より「セビージャの子守歌」(F.G. ロルカ〜V.G. ベラスコ編曲/濱田滋郎訳)
10. F.G. ロルカ採譜:“スペイン民謡集”より「チニータスのカフェ」(F.G. ロルカ〜V.G. ベラスコ編曲/濱田滋郎訳)
11. メメント〜F.G. ロルカを追憶して
12. パリ1923 (朝/オーギュスト・ブランキ通り/獄中の思索/イーゴリ/フランシス/ペール・ラシェーズの墓地/ミラボー橋(詩:G. アポリホール/飯島耕一訳)/エピローグ)


姫田大さんのフルートの音色(ねいろ)は優しく暖かく伸びやかで、でもどこかちょっとだけ俯(うつむ)き加減の憂(うれ)いもあって、そこがまた一段と心に染み渡ります。ギターのヴィム・ホーグヴェルフ(Wim Hoogewerf)さんは、エスプリを漂わせた高度な技巧に耳を奪われます。こうした本物の音楽性をもった演奏家の手にかかると作品の抒情の核心が見事に彫琢され、<この音でなければならないのだ>という確固たる気分に満たされます。ロルカが採譜したスペイン民謡集では、曲の前に新井純さんが朗読するロルカの詩を添えているのもとても良いです。


じつは私は微分音の音楽に関心があって、以前メキシコのジュリアン・カリリョ(フリアン・カリージョ)やチェコのアロイス・ハーバの音楽について調べていたとき、これらの作曲家の微分音作品をレパートリーに入れている貴重なギタリストとして、このヴィム・ホーグヴェルフさんのことを知ったのです。それがこんなところで再会するとは・・・。以下のリンク先に掲載されている、可動式フレットを備えた微分音ギターを構えるホーグヴェルフさんの雄姿をご覧ください!→

今回このCDを聴いて、確かなテクニックと幅広い音楽性に裏付けられた、繊細かつリリカルなギター・プレイにすっかりファンになってしまいました。経歴をみると、マース・カニングハム舞踊団(Merce Cunningham Dance Company)の欧州公演ではエレクトリック・ギターとして参加していたとあります・・・いやはや。つい数週間前にはマース・カニングハムのための音楽 Music for Merce 1952-2009』という10枚組CDを購入したばかり。色々とつながります。


1997年にカタリスト・レーベルから同名のアルバムが出ていて(ジョナサン・シェファー指揮、イーオス・アンサンブルによる演奏)、こちらもユニークな内容でしたが、今回のボックスは初演時の録音が多く内容といい規模といい圧倒的。マース・カニングハムの舞踊では、音楽は舞踊に合わせるものではなく、舞踊と音楽がそれぞれ独立して存在します。その奥にはつねに禅の精神が潜んでいるように思います(マース・カニングハム舞踊団のDVDは意外と多く出ていて入手可能です)。私はこのところ、朝目覚めたばかりの耳と精神に、植木に水をやるような按配でこのCDボックスを聴いて楽しんでいます。永平寺の朝』日本コロムビア COCJ30461)という大好きなCDがあるのですが()、それとあまり変わらないようなものとして受け止めています。

このCDボックス「Music for Merce 1952-2009」は、発売元のウェブサイトで50曲程度の試聴が各1分ずつ可能です()。それでもこの膨大なCDボックス収録作品のほんのごく一部。ジョン・ケージ、デヴィッド・チュードア、小杉武久、クリスチャン・ウォルフ、他、多くの作曲家の作品が含まれていて、いずれも伝統的な西洋音楽の概念から跳躍した、東洋的観点を内在させた響きが顕著です。

(堀内)