じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

堅田喜三久さんの芸の極意

横浜能楽堂で三ヶ月おきに開催されているシリーズ講座「この人 百話一芸」。巧みな話術と古典芸能についての幅広い知識で知られる葛西聖司さんがさまざまなゲストを迎えて、前半はその人が歩んできた道についてお話をたっぷりと聞き、後半はとっておきの芸を披露してもらい、その芸について語っていただくという趣向です。

先日、その第15回の人間国宝堅田喜三久さんの回に伺いましたが(先週の当財団ブログ「横浜能楽堂の講座:堅田喜三久」を参照)、じつに素晴らしい内容でした。前半は、堅田喜三久さんの手元にある古いお写真を能楽堂の舞台上の大きなスクリーンにスライドで写しながら、幼少時から最近までの幅広い話題のお話を伺いました。

子供の頃のお話で、プロの漫画家を目指していたことや、ご両親のこと(お父様が9代目九世望月太左衛門、お母様が長唄三味線の杵屋和春)、兄上の望月朴清(前名は11代目望月太左衛門、その前が5代目望月長左久)さんのお話、そして両手を使えるために、舞台を聴きに通って左右の手で同時に譜面(右手で唄と三味線、左手で小鼓・太鼓)を書いて曲を覚え勉強したこと、左利きであるがゆえに左手で誰よりも臨機応変に調べ緒を締めたり緩めたり出来て、そこに演奏の上での隠し味が利いて小鼓の微妙な音程のコントロールが可能になっているという秘密も公開。

さらには20年に及ぶ「カジノの都」ラスベガス通いのことや(本当に楽しそうにお話されていました)、日本の伝統音楽を紹介するための海外公演を長年に亙って(膨大な赤字をご自身で引き受けつつ・・・)継続している背景にある天皇陛下から直々に賜ったお言葉のことなど、盛り沢山のお話が次から次へと。休憩中のロビーではお客様同士の興奮した会話が。「喜三久さんて、何てすごい人なんでしょう!」 「劇場に来てこんなに楽しいのは久しぶり!」

後半では見事な演奏を聴かせていただきました。配布されたプログラムにはなかった、杵屋正邦作曲の小鼓独奏のための「重陽(ちょうよう)」で開始。堅田喜三久さんのために作られた、本邦初の鼓独奏曲の名作。まさかここで聴けるとは、感無量。一瞬たりと聴きもらさじと集中していると、途中、膜面を打たずに調べ緒を握って出す、いつもLPやCDで聴き慣れているあの音が聞こえません。演奏後の堅田さんの説明によれば、「手入れの行き届いた高級な鼓は、調べ緒を握ったときに何も音がしないのですが、古い扉を開けると軋み音が出るように、オンボロの鼓のほうがぎりぎりと音がするんですよ。今日は良い楽器だけしか持ってこなかったので。」とのこと。なるほど。

続いては2008年の国立劇場公演「邦楽へのいざないPart2 打つ・叩く・吹く ─ 囃子の世界」で初演された堅田喜三久さん作曲の「囃子組曲」より短く抜粋された「」。小鼓:堅田喜三久、大鼓:堅田新十郎、笛(能管と篠笛):鳳聲晴久の三人による演奏。目の前に鷹が現れて種々の姿態を見せるだけでなく、鷹の内面まで描かれた、迫力に満ちた作品。

そして最後は長唄船弁慶」より、堅田喜三久さんの太鼓と鳳聲晴久さんの笛のみで、これも事前のプログラムにはなかった超スペシャルな演し物。平知盛(とももり)の霊が渦潮の中から登場する場面を、なんと堅田喜三久さんが太鼓を叩きながら登場のセリフを唱えるというもの。もちろん本邦初。ご自身もこうした演奏をするのは生まれて初めてとのこと。ちなみに、この口上は堅田喜三久さんが特に親しかった天王寺屋(と、喜三久さんはいつも仰いますが、人間国宝だった5代目中村富十郎さんです)の流儀で唱えたとのこと。知盛の霊は富十郎さんの当り役としても有名でした。

そして引き続き短い解説のお話しを挟んでから、「勧進帳」の「弁慶の引っ込み」の場面が演奏されて終了。

富十郎さんと喜三久さんの名前で検索したら、こんなブログがヒットしました。アンジーさんのブログ「平和を欲するなら戦争を理解せよ」()より。→ 2011年1月22日の投稿記事「堅田喜三久」

記事のなかに、サングラス姿で煙草をくゆらす堅田喜三久さんの写真が2枚! 葛西聖司さんが堅田喜三久さんを初めて見たとき「黒いサングラス姿で煙草を吸っていてちょっとコワかった」と仰っていたのは、たぶんこうしたお姿だったのでは。ちなみに、わたしがCD制作の打合せの時に当財団の事務所でお目にかかったときは、スーツにサングラス、背筋が伸びた粋な立ち姿。もう格好良いのなんの。お帰りになった後も、職員皆で大騒ぎ状態でした。

長唄公演にご出演されているのを拝見しているとき、視線はいつも決まって堅田喜三久さんの方へ・・・。休みで演奏していない時でさえ、両手を懐に入れて微動だにせず座っている堅田喜三久さんへと、何故か視線が向かってしまう・・・。そして徐(おもむろ)に楽器を構えて打つまでの仕種の間合い・・・、これがまた凄い。場の気配そのものが音楽になっているというか・・・。こうなると、演奏する音も凄いのですが、音を出さなくても凄いという畏(おそ)るべき次元。究極の剣の達人は剣を抜かずに相手を斬る(気合で打ち負かして、剣を抜いて勝負する前に退散させてしまう)ことを極意とするそうですが、それに近いかもしれません。

いっそ、堅田喜三久さんだけをずっと撮影し続けた映像を入れた「マルチ・アングル版」の長唄DVDを作ったらどうだろうと、冗談半分でときどき同僚と話をしているのですが・・・、皆さま、こんな企画どうでしょうか? 「勧進帳」と「鏡獅子」の二大名作を収録、とか。

そこでさっそく動画検索をすると、Youtube堅田喜三久さんご出演の動画を見つけました。「鏡獅子」のダイジェスト。これは東京都による日本の伝統芸能を幅広く紹介するプロジェクト「東京発・伝統wa感動」の、2010年の前夜祭ライブで、東京都歴史文化財団による公式投稿のようです。カメラも堅田喜三久さんの気魄に吸い寄せられて、アップ多し。必見!!

2010年8月20日(金) 場所:水天宮ピット(入場無料)
長唄「鏡獅子」から
出演:
唄: 杵屋利光、杵屋巳之助、杵屋佐喜
三味線: 杵屋栄八郎、杵屋勝十朗、杵屋栄美郎
笛: 鳳聲晴久
小鼓: 堅田新十郎、堅田良道
大鼓: 堅田喜三郎
太鼓: 堅田喜三久



ちなみに、唄の杵屋利光さんは、昨年末に発表された平成23年度芸術祭で大賞を受賞されています。当財団から発行している、長唄の名曲で難技巧の聞かせ所をたっぷりと含む「二人椀久(ににんわんきゅう)」を収録したCD『寶結(たからむすび)/杵屋裕光×利光』(VZCG-697)は昨今の長唄のCDのなかでは突出した内容を誇る一枚と言えます。そして、この「二人椀久」の囃子で小鼓を担当されているのが堅田喜三久さん。杵屋裕光さんの三味線がまた極上の素晴らしさ。文句なしの大推薦盤です。

(堀内)