じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

「稀曲の試み」と武原舞台

秋の深まりとともに、邦楽の演奏会に伺う機会が増えてきました。紀尾井小ホール、国立小劇場、大和田伝承ホール、津田ホールあたりが多いのですが、先日、武原舞台というところでちょっと趣の異なる会がありました。

「稀音家義丸 稀曲の試み」という会です(2013年10月12日 午後2時開演)。稀音家義丸(きねや よしまる)さんは、長唄の唄方であるとともに、長唄の研究家でもあります。「邦楽の友」誌に連載の「長唄囈話」でご存じの方もいるかもしれませんね。こちらは今年の9月号で125回を数えています。まさに長唄の生き字引のようなお方です。
今回は、三味線方の杵屋佐之義さんが日本舞踊(上方舞)の楳茂都流に残された古譜から復曲されたという「玉藻前(たまものまえ)」と、同じタイトルで別の作曲者による「玉藻前」との比較を中心に、次の4曲のプログラムでした。

番  組

           〈司会〉配川美加

作曲年代不詳 四代目?杵屋六三郎 作曲
四季の蝶
 唄  稀音家義文 岡田彩佑実
 三味線  稀音家一宣 杵家七可佐

文政2年(1819)9月 初代杵屋勝五郎 作曲
玉藻前(御名残押絵交張)
 唄  稀音家義丸
 三味線  杵屋佐之義 杵家七可佐

嘉永5年(1852)正月 十代目杵屋六左衛門 作曲
玉藻前(狐振分後段景事)
 唄  杵屋勝彦 杵家弥佑
 三味線  稀音家六公郎 稀音家一郎

享保3年(1718)? 作曲者不詳
俣野相撲之段
 唄  稀音家義丸 杵屋勝彦 杵家弥佑
 三味線  稀音家助三朗 稀音家六公郎 稀音家一郎

配川さんの解説と当日配布された詳しいレジュメをたよりに、珍しい曲を興味深く聴くことができました。最後の「俣野相撲之段」は、大薩摩(おおざつま)の古い形を伝える貴重な曲とのこと。曲全体が語りもの風で、多彩な長唄の一面をうかがい知ることができました。義丸さんは上掲のご挨拶に八十を越したとありましたが、誰よりも迫力のある唄で圧倒されました。

ところで、会場の「武原舞台」は六本木のビルの中にあるとは思えない、立派な舞台と見所が備えられた空間でした。上方舞(かみがたまい)の名手、武原はん(1903〜1998)が残した舞台とのことで、小振りな能舞台のような趣きです。
武原はんは、地歌人間国宝、初代富山清琴と共演した「雪」の舞で一世を風靡したことなど知ってはいましたが、たまたま今年の8月に徳島で立ち寄った「徳島県立文学書道館」で、「生誕110年記念 武原はん展 ―句に生き、舞に生き―」という展示に出会いました。

武原はんは徳島の出身で、説明文に次のようにありました。文学書道館で特集されたことに納得です。

地唄舞の第一人者として有名ですが、俳人「はん女」としても優れた句を残しました。「ホトトギス」の高浜虚子に師事し、一日一句をこころがけ、一度も休むことなく投稿し続けました。特に舞を題材にした句を多く詠んでいます。また、まっすぐな心で物事をとらえた随筆にも見るべきものが多くあります。

「小つづみの 血に染まりゆく 寒稽古」などの代表的な句や、随筆集「おはん」(昭和28年刊)の初版本などが展示されていました。今回、その息づかいがしのばれるような舞台を目の当たりにできたのも興味深いことです。
「稀曲の試み」と武原舞台、伝統芸能の深い世界を垣間見た思いのする一日でした。

(Y)