じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

雅楽・伶楽舎のレコーディング


雅楽の伶楽舎を主宰する芝祐靖(しば・すけやす)さんは、日本のみならず世界を代表する笛の名手であるだけでなく、作曲家としても余人を以て代え難い成果を数多く残されています。このたび当財団では芝祐靖作品を集めたCDシリーズの制作に携わることになり、一昨日と昨日の二日間、府中の森芸術劇場ウィーンホールでCD2枚分のレコーディングを行いました。


初日は、復元正倉院楽器の合奏のための『敦煌琵琶譜による音楽』。かつて国立劇場正倉院所蔵の楽器を復元して、楽器毎に新作を作曲家に委嘱するシリーズを企画した際、これらの楽器による合奏作品として構想され、つくられたのが、敦煌琵琶譜に基づいた本作でした。残された琵琶の譜だけから旋律やリズムや和声を含め他の楽器のパートを作り上げるのは大変な作業です。当代一流の雅楽師にして、雅楽の源流である朝鮮半島や中国の音楽に深い関心を寄せ、さらに現代音楽の演奏も積極的にこなし、優れた作曲家でもある芝祐靖さんに白羽の矢が立ったのは理の当然。遙か唐代のきらめくような色彩に溢れた音楽が鳴り響いた時、多くの人は衝撃的な感動で圧倒されました。躍動する生命感に溢れた旋律美、斬新な和声感覚、おおらかな律動・・・。

こうした正倉院の復元楽器を使った音楽や廃絶曲の復曲は、当時国立劇場の木戸敏郎さんを中心に熱心に押し進められていましたが、その響きが現行の雅楽とあまりに違っていたため、「はたしてこれを雅楽と言ってよいのか?」と専門家内でも議論を呼び、窮余の策として「伶楽」という呼称が採用されました。芝さんが立ち上げた雅楽団体「伶楽舎」の名称については、伶楽舎のウェブサイト()に、「『伶倫楽遊舎』の略称で、楽人の祖とされる古代中国の『伶倫』に因み、雅楽の源と新しい雅楽の創造を探求する、従来の枠にとらわれない自由な活動を目指してつけられた会名である。」と紹介されています。

敦煌琵琶譜は全部で三つのグループからなりますが(10曲、10曲、5曲)、芝さんは、それぞれに基づいて作曲を行っています。第1グループは1996年作曲、第2グループは1982、1986、1987、1998年に作曲、第3グループは1998年に作曲。今回のCDには、その内の第2グループの全作品を収録します。


なお復元楽器と伶楽について詳しく知りたい方は、この二冊の本をご参照ください。左側が『日本音楽叢書2「伶楽」』編集:木戸敏郎(音楽之友社)、右側が『古代樂器の復元』国立劇場=編(音楽之友社)。


今回のレコーディング・ディレクターは白い鬚でおなじみの当財団理事長の藤本草。右に写っているのが、これまでビクターの邦楽録音の多くを担当されているサポート・エンジニアの服部文雄さん。この二人のコンビは最強です。


伶楽舎のマネージメント担当の東京コンサーツのOさんは、あっという間にバックステージに喫茶コーナーを設営。長時間の録音作業の憩いの場となりました。(ありがとうございました!)


敦煌琵琶譜による音楽』では作曲者の芝さんは演奏には入らず監修者として参加。(通常、舞台での演奏時は座奏すなわち床に座っての演奏なので椅子は使用しません)


普段はあまり見られない珍しい楽器の数々。これは律鐘(りっしょう)。音がきれいに鳴るポイントが狭い一点しかなく、集中して叩かないといけないと伺いました。今回登場するどの楽器も近代化されてはいないので、指で弦を強く押さえないといけないとか、音が均一に鳴らないとか、たくさん苦労する部分があります。


こちらは方響(ほうきょう)。このふたつの金属打楽器が、ステージ奥の左右に位置します。


このハープのような楽器は箜篌(くご)。


これは唐楽に用いられ、インド発祥とも言われる磁鼓(じこ)。この『敦煌琵琶譜による音楽』には、ほかにも排簫(はいしょう)や阮咸(げんかん)など、珍しい楽器が多数登場します。

無事に初日の録音も終了。府中の森芸術劇場の玄関前広場には、地面に多色の発光体が埋め込まれていて、先程まで聴いていた音楽の記憶とも相俟って、星々の上を歩いているような幻想的な気分。

二日目は芝祐靖作曲、古典雅楽様式による雅楽組曲『呼韓邪單于(こかんやぜんう)』(1999)。漢の元帝より美女、王昭君を賜った匈奴の王、呼韓邪單于。そして、憂愁の心を湛えて異郷の民に尽くす王昭君。二人を巡る運命の悲話を描いた作品。けして前衛的な手法ではないにも関わらず、聴いた印象は古さや新しさを越えた普遍的な広がりをもたらします。作曲者のことば──「古典雅楽様式の新曲は、結果として新鮮な響きに乏しいものとなりますが、古典雅楽が失ってしまった詩情、色彩感、エネルギーなどの表現がどの程度取り戻せるか、という実験の場となったように思います」。

昨日の『敦煌琵琶譜による音楽』とは楽器編成だけでなく音楽内容も異なったものなので、会場内のマイク・セッティングを刷新。

『呼韓邪單于』では芝さんも龍笛で演奏に参加されました。

マイクの位置を微調整する間にも、太鼓の細かいニュアンスについて確認をする芝祐靖さん。


作品内では下野戸亜弓さんによる歌が三箇所登場しますが、歌の位置をそれぞれ変える趣向があります。難しかったのがその3番目の位置。何度かプランを検討し(パイプオルガンの前も試しましたがNG)、このように、舞台前に客席側にマイクを向けその前で歌っていただくことで狙った音を実現。経験と発想力がものを言う現場ならではのアプローチ。この「音決め」作業が録音準備の要になります。マイクの種類、演奏者との距離。ほんの10センチの違いがまったく違った結果となります。また、この作品では龍笛篳篥王昭君や呼韓邪單于、元帝の役割を与えられて響きを交わし合う場面もあって、聴き所が満載。

各テイクが終わる毎に、ステージ下手を出たモニタールームでプレイバックを聴いて確認します。

ホールの豊かな響きを活かした録音作業も無事に終了。今度はこの二日間の録音エンジニアを担当していただいた日本アコースティックレコーズの今泉さんによる編集作業へと移ります。素晴らしいCDが出来上がる予感に、胸が高鳴る思いです。CDは、1枚ものを2種同時にリリース。発売は7月頃の予定です。

(堀内)