じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

土取利行コンサートのお知らせ

岐阜県郡上八幡立光学舎(りゅうこうがくしゃ)から、今月開催される土取利行さんのコンサートの案内が届きました。11月12日(土)、長野県松本での『ティエルノ・ボカールのことば』。そして、11月25日(金)と26日(土)の二日間、東京・馬喰町ART+EATでの『日本のうたよどこいった 土取利行の音楽夜会 語り・唄いつぐ明治大正演歌の世界』です。


立光学舎は、土取利行さんとその伴侶で2008年にお亡くなりになった桃山晴衣さんのお二人によって、日本文化の基層を追究する地域芸能と音楽活動の拠点として岐阜県郡上八幡に設立されました。地域に根差した創作を核として運営され、時折の企画公演も興行としては大規模でないため、東京をはじめ大都市の文化情報のレーダーには把捉されず、これまで一般の方にはその活動の実情がよく分からない面もありました。それが最近になって、Youtube「立光学舎ミュージックアーカイヴ」として多くの映像資料が投稿され始め、ようやくその奥深い活動の一端を垣間見ることができるようになりました。

土取利行さんは、世界の演劇界の頂点に位置するピーター・ブルック国際劇団の音楽監督を長く務め、世界的に高い評価を集めるパーカッショニストです。同劇団の音楽づくりのため、アフリカやアジア各国に長期間にわたって滞在し、しかも丁度それが資本主義の波が世界の辺境をも飲み込んでしまう直前の時期だったこともあり、それぞれの土地で口承で伝えられてきた民俗音楽文化の本質を、今は亡き長老や巨匠(マスター)たちから直接習うことができ、世界的に見ても大変貴重な知識と音楽の文化遺産を膨大に身につけた稀有な存在といえます。

土取さんは世界各地を巡って、西洋近代音楽と異なる諸民族特有の音楽の姿を探究する過程で、自らの出自である日本の音楽を省みます。日本の音楽は、明治以降の急激な西洋音楽を是とする価値観の流入に曝されているだけでなく、通常「伝統音楽」と称されているものでさえ、その大半が中国や韓国・朝鮮半島から輸入された文化に基づいたもので、土取さんは、もっとそれ以前の、日本の原点にある音や音楽の核心に触れるための探究に強い関心を抱きます。そして、桃山晴衣さんとの出会いからも触発されて、銅鐸、サヌカイト、縄文鼓と向き合い、日本の古代の音楽的想像力に迫る途轍もない音世界を現出させました。さらには、人類最古の音楽体験と目されるフランス南部の旧石器時代の洞窟内部の音にまで遡行。それらの古代音楽への旅の記録=ドキュメントは──土取さんの活動はつねに一期一会なので「ドキュメント」という言葉が相応しい──、当財団から発売しているCD()で聴くことができます。(桃山晴衣さんの作品も、増補解説の復刻盤を含め、主要なアルバムを当財団から発売しています→


ピーター・ブルック国際劇団の活動拠点はパリのブッフ・ドュ・ノール劇場 Théâtre des Bouffes du Nord(内部は円筒形で四階までバルコニー席があり、拡声器なしで小さな声も届く天井の高い理想的な劇場)でしたが、老朽化で取り壊されることになり、そしてピーター・ブルックさん自身も大変高齢のため、国際劇団の活動は2009年の『ティエルノ・ボカール』、後に2010年の英語版『11 and 12』という作品を最後として、その数々の伝説と栄光に満ちた歴史に幕を閉じました。(ブルック自身の演劇活動は今も継続中。来年、日本では3月下旬に彩の国芸術劇場でブルックの2010年の作品『ピーター・ブルック魔笛』が上演される予定。→

『ティエルノ・ボカール Tierno Bokar』は寓意と深遠な趣に溢れたブルック演劇の集大成ともいえる作品で、俳優は能役者のように身体動作を抑制した演技に終始し、人間存在の本質へ深い思索を巡らせていきます。本作の世界ツアーでは、国や会場によって、また当然観る人それぞれのなかで極端な賛否両論を引き起こし、大絶賛か、それとも「難解過ぎる」、「あまりにも表現を削ぎ落として簡潔過ぎる」等の否定的反応に二分されたようです。ただし残念なことに日本では本作の招聘に手を挙げるところがなく、世界ツアーに組み込まれず、本作を観ることは叶いませんでした。(隣国の韓国では上演されたのですが・・・)


今回、長野県松本で行なわれる土取利行さんのコンサートは、日本で上演されずに終わったこのピーター・ブルックの『ティエルノ・ボカール』から、イスラムスーフィー教徒であり寛容と非暴力を貫いた宗教指導者ティエルノ・ボカールの教えを、土取さんの日本語の語りとインドのエスラジや西アフリカのゴニなどの弦楽器の演奏で体験するというものです。これは昨年、東京・馬喰町のART+EATでも開催され、わたしも含めて、満員の聴衆に深い感銘を与えたコンサートの待望の再演となります。


『ティエルノ・ボカールのことば』
11月12日(土)19:00開演(18:30開場)
場所:(長野県松本)ラボラトリオ
入場料:3,000円
予約問い合わせ先:ラボラトリオ(電話・FAX 0263-36-8217)
詳しくは、土取さんのホームページ内の<こちらのページ>をご覧ください。


そして今月下旬、東京・馬喰町のART+EATで二日間にわたって開催されるのが、明治大正演歌に焦点を当てた『日本のうたよどこいった 土取利行の音楽夜会 語り・唄いつぐ明治大正演歌の世界』です。

 

明治大正演歌は、土取さんの伴侶だった桃山晴衣さんも大変強い関心をお持ちでした。幼い頃から小唄、長唄浄瑠璃など邦楽に囲まれた環境の中で育った桃山晴衣さんは、やがて、今の時代に生きる人の心に響く邦楽の探究に開眼し、日本音楽の本質である「うた」のさまざまな源流や生命力の原点を探り出そうと決意します。そして、それまでに学んできた小唄や古曲宮薗節の枠から外へ出て、日本各地に口承で伝わる古い民謡(仕事歌・あそび唄)や、わらべうた、アイヌの音楽などと積極的に関わるようになります。その過程で、明治・大正時代の「演歌」にも強い関心が向けられて、桃山さんは、演歌の創始者添田唖蝉坊(1872-1944)の長男で、自身も演歌師だったいわば演歌の生きた歴史とも呼べる添田知道さん(1902-1980)の家に住み込み、直接演歌の指導を受けていました。

(ちなみに「演歌」とは演説を歌にしたものの意で、明治・大正時代に、社会批評や生活風刺を内容として、街角に立って歌う「演歌師」の売る歌本を通じて主に口伝えで流行した歌です。昭和初期以降、レコードを中心に心情の機微や恋愛の情緒などを描いた「演歌」とは別のものです。以前、わたしが当ブログで書いた記事→ 「歌は自由をめざす!」 を参照)

桃山晴衣の明治大正演歌(1)/1983年池袋スタジオ200

桃山晴衣の明治大正演歌(2)/1983年池袋スタジオ200


今回は土取さんがなんと桃山さん愛用の三味線を手に(!)演歌を唄い語るという試み。ゲストは、第一日目が添田唖蝉坊・知道親子についての著書もある木村聖哉さん。二日目がカンカラで作った三線を手に、酒場やライヴハウスで明治大正演歌を歌っている岡大介さんです。

桃山晴衣さんの日本のうたを探究する遙かな旅を引き継ぐ、この土取さんの新たなステップは、今年の5月に立光学舎で開催された、岡大介さんのコンサートから連なるものです。その時の様子も、Youtubeの立光学舎ミュージックアーカイヴで視聴できます。

岡大介 土取利行/十九の春、むらさき節、ホロホロ節 @立光学舎

『日本のうたよどこいった 土取利行の音楽夜会 語り・唄いつぐ明治大正演歌の世界』
 ★二夜通し券 6,500円(各回ワンドリンク付)

【第一夜】
添田唖蝉坊・知道の明治大正演歌を語る
11月25日(金)19:00〜21:00(18:30開場)
会場:馬喰町ART+EAT
入場料:3,500円(ワンドリンク付き)
◇ゲストトーク
添田唖蝉坊、知道、演歌二代風狂伝」/木村聖哉
トークと演奏
桃山晴衣添田知道」/土取利行(唄・三味線・太鼓)

【第二夜】
明治大正演歌を唄う
11月26日(土)17:00〜19:00(16:30開場)
会場:馬喰町ART+EAT
入場料:3,500円(ワンドリンク付き)
◇出演
土取利行(唄、三味線、太鼓)
岡大介(唄、カンカラ三線

予約申込み:馬喰町ART+EAT(電話・FAX 03-6413-8049)
詳しくは、馬喰町ART+EATホームページ内の<こちらのページ>をご覧ください。


最後に、立光学舎から、12月の注目公演情報が。昨年の12月に奈良の平城遷都1300年記念事業「グランドフォーラム−NARASIA 2010」の舞台で初演され、今年の6月には韓国で(当ブログ過去記事「金梅子・土取利行、6月に韓国公演」)、8月には岡山県美星町の中世夢が原でパワーアップして再演された作品「光」が、なんと京都で再演されるとのこと。詳細は土取さんのホームページ内の<こちらのページ>をご覧ください。

『越境する伝統―韓国舞踊の場所から 金梅子(キム・メジャ)の仕事』 2011年12月10日(土):第1日<舞踊公演>、12月11日(日):第2日<シンポジウム>。会場:京都芸術劇場 春秋座。


土取さんとキム・メジャさんの『光』は、わたしは奈良での初演に続いて今年8月の岡山公演も観に行きましたが、その圧倒的な素晴らしさで完全に打ちのめされました。韓国の雑誌に掲載されたレヴューの日本語訳(品格ある名訳)を土取さんのブログ『音楽略記』で読むことができます。→ 「韓国の舞踊雑誌に発表された美星町「中世夢が原」での公演『光』」 

京都・・・12月にまた行くことになりそうです。昨日は林美音子さんの柳川三味線によるリサイタルを聴きに京都へ行き、先程東京に戻ってきたばかり。今年は何度も京都に行きました。灼熱の中の祇園祭も素晴らしかったし、上賀茂神社で御祓いをしていただいたことも、大徳寺も、八坂神社とねねの道と石塀小路も、大野松雄さんとレイ・ハラカミさんのセッションも(あの日ハラカミさんは天国からちょっとの間、大野さんとの共演を楽しむため確かにその場に遊びにいらしていた・・・)、黛敏郎さんの電子音楽全曲上演会も、それ以外にもたくさん、強く印象に残ることばかりでした。

(堀内)