じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

「代々の雅」/桃山晴衣・土取利行

今日のブログでご紹介するのは、今から20年前、平成4年(1992年)に大垣市で開催された「代々の雅」(よよのみやび)のパンフレットです。デザインは辻修平さん。

これは1987年に岐阜の郡上八幡(ぐじょうはちまん)に立光学舎(りゅうこうがくしゃ)を設立し、地域に根付いた伝統文化を未来へとつなぐ創造活動を実践していた土取利行さんと桃山晴衣さんが芸術監督を務めた画期的なイベントで、春・夏・秋・冬の季節毎に開催される四つの演目から成る、ひじょうに大がかりなものでした。

各回とも独創的なアーティストを招いた舞台が企画され、「春錦・梁塵秘抄では桃山晴衣さんと山口小夜子さん、「夏青野原・虹の楽殿はジャワ島宮廷ガムランと舞踊、「爽秋・小栗判官照手姫」は舞踏家の大野一雄さんと説経節の若松若太夫さん、「妖冬・夜叉姫幻想」は人形師のホリ・ヒロシさんという豪華な顔ぶれでした。

ところが、最後に予定されていた「夜叉姫幻想」の前に主催の大垣市側の事情で予算が尽きてしまい、当初に企画したかたちでの実現が不可能となります。そこで桃山さんと土取さんは芸術監督から外れ、最終的には大垣市の主導で、公演タイトルはそのままで別の音楽家ホリ・ヒロシさんが組んだ別企画の内容で上演されました。

また、<秋>の『小栗判官照手姫』では、説経節の若松若太夫さんに「車引きの段」で出演を依頼していたのが、当日体調が思わしくなく、やむなく若太夫さんの録音に土取さんのパーカッションを重ねるかたちで上演されました。

ちなみに、『小栗判官照手姫』は翌年に湘南台文化センターで再演された際、舞踏家の大野一雄さんと大野慶人さんからの依頼もあって、桃山さんが宮薗節の手を用いて浄瑠璃「照手姫車引きの段」を新たに作詞・作曲・演奏し、それが評判を呼んで、その後の桃山さんの今様浄瑠璃の創作へとつながって行ったのです(1994年に赤坂国際交流フォーラムで『小栗判官照手姫』が再演されたときの動画→ )。当財団では、桃山晴衣『今様浄瑠璃「夜叉姫」』のCDを発行しています。『夜叉姫』のYoutube動画はこちらです(注:CDとは別音源)→

このように、必ずしもパンフレット通りに事が運ばなかった面もあったとはいえ、これだけの規模の芸術祭を岐阜県大垣市で実現したのは驚くべきことだったと思います。土取さんと桃山さんの文化への慧眼と熱意の記録として、ここに画像を掲載し、テキストを採録してご紹介させていただきます。




大垣ルネッサンス 「代々の雅(よよのみやび)」
芸術監督=土取利行・桃山晴衣
1992年(平成4年)5月〜1993年(平成5年)2月
めぐる四季の宴 歴史の十字路・青野ヶ原に文化の足跡をたどり、 当地の伝承をテーマに トップアーティストが至芸を極める オオガキ・ルネッサンス

青野ヶ原がいま蘇る
大垣ルネッサンス「代々の雅」事業推進協議会 会長 大垣市長 小倉満

◎歴史上、数々の主要舞台に登場した青野ヶ原――。
◎ここには東海地方有数の規模を誇る古墳が点在し、昔、王(大)墓ともいわれていた地域が、今でも青墓という地名で残っています。畿内と東海・関東の接点に位置するこの地は、天平時代には美濃国分寺が建立され、中世期には東山道の要衝の地として栄え、往時、美濃国の政治、文化の一大拠点であったことを伺わせます。
梁塵秘抄を編纂した後白河法皇の歌の師であった乙前御前は、青墓宿の歌姫。平治の乱に敗れた源氏の悲劇や、中世期最大のロマン「小栗判官照手姫」の物語など、古代から中世、近世にかけて育まれた豊かな史実、伝承には興味が尽きません。
◎こうした青野ヶ原にまつわる文化遺産を題材に、いまここに蘇らせる大垣ルネッサンス「代々の雅(よよのみやび)」を、グローバルな文化芸術活動で常に注目を集めておられる土取利行さんと桃山晴衣さんによって演出される、夢のような企画が生まれました。
◎この企画は、四季を通し、また世々代々を彩ってきた雅(みやび)のこころ、それら格調高い素材を、地域に根ざした創造文化として完成させ、当地から全国に向けて大垣文化の情報発信を試みようとするものでございます。
◎多くの皆さまのご来場を心よりお待ちしております。

オオガキ・ルネッサンス
土取利行

◎古代より、激変する歴史の渦中にあった美濃・大垣には、ここを舞台に往来した諸人の影が色濃く宿っている。そして、この地を拠点に、これらの影を芸能というスクリーンに映し伝えてきた中世期の遊女や傀儡子(くぐつ)たちの存在は、日本の芸能・文化の大きな礎を築いてきたといっても過言ではないだろう。これは大垣が歴史的要衝であったと同時に、遍歴する芸能者が庶民との交流の中でさまざまな芸能を育み、醸成することを可能にした肥沃な文化土壌であったことを物語っている。
◎「代々の雅」は、この素晴らしい文化発祥の地に各界のトップアーティストが集い、当地ゆかりの伝承をテーマに新たな創造を展開する、いわばオオガキ・ルネッサンスとでもいうべきものである。
◎また、地方の時代が云々される今日、地元の文化を地元から発信するという点において、これは画期的な出来事だと思う。

真の創造の土壌としての祭り
桃山晴衣

◎私たちはかつて縄文の昔から感性の文化の民族であった。日常を芸術にまで高める美意識と、高い精神性に裏打ちされた文化を生みだしてきた民族だった。それが産業社会に転換した今、急速に失われようとしている。こうした現状に反し、昨今の日本は文化ばやり。とともに、未来・創造・国際交流という言葉だけがとびかう。
◎しかし、「未来に向けて」とは、先人の文化遺産に光をあて、新たに創造し次代への伝承が確実に行われること。「創造」とは、足元をしっかりと踏まえた上で流す、汗の量と努力の結晶である。こうした特性をもつ創造のみが、先人の築いた文化を引き継ぎ増殖させる行為の極みに、世界への発信という必然が起こる。また逆に海外からの招聘も、同じく他民族に対する文化への働きかけであって初めて「国際交流」が成り立つ。
◎ここ大垣には故郷(ふるさと)を心から愛し育む人々の流れがあった。この一連の企画は、この流れを汲んだものである。自ら歴史と文化を構成する一員という一人一人の実感をもとに、観衆とともに創りあげる現代の祭り。その現場を共有する精神の高揚がまた、真の創造の土壌となることを希う。



春錦(はるのにしき)・梁塵秘抄(りょうじんひしょう)

花咲きほこる春の爛漫、800年ぶりに蘇る今様の謡声(うたごえ)――桃山晴衣梁塵秘抄コンサート。

日時=平成4年5月23日(土)午後6時30分開演
会場=大垣市民会館ホール
料金=2000円(全席自由)

◆大垣の青墓は、日本歌謡の里といわれ、平安の流行歌「今様」を現代に伝える「梁塵秘抄」のゆかりの地です。この「梁塵秘抄」を三味線でうたい現代に蘇らせた桃山晴衣は、一九八八年から大垣有志による「梁塵秘抄を唱う会」を開催。その五周年にあたる今回、桃山は、日本・アジアの民族楽器から成るユニークなアンサンブルMOMOを従え、大垣初演の新たな曲も加えて登場。
◆さらにトップモデルとして世界的に知られる山口小夜子の独舞と、パーカッショニスト・土取利行、大垣雅楽会を招き、春の雅(みやび)をくりひろげます。

夏青野原(なつのあおのがはら)・虹の楽殿(にじのがくでん)

夏草生い茂る天平文化の夢の跡、青野ヶ原を彩るジャワ島宮廷ガムラン、舞踊の極み――スラカルタインドネシア芸術学院舞楽団(S・T・S・I)の初来日公演。

日時=平成4年8月8日(土)午後7時開演(雨天の場合8月9日に順延)
会場=美濃国分寺跡
料金=3000円(全席自由)

インドネシアガムラン音楽は、東南アジアの民族が創造した、もっとも美しいオーケストラ音楽といわれています。なかでも、250年の伝統を持つジャワ島のガムランは、高度に瞑想的な宮廷文化の真髄を現代に伝えるものです。出演はスラカルタ(ソロ)のインドネシア芸術学院舞楽団。パリ、アメリカなど世界各国で公演をし絶賛を博してきた注目のグループ、45名の初来日です。
美濃国分寺跡で、金属打楽器の緻密な響きに、たおやかな歌声が絡み、優雅でダイナミックな舞が篝火に照らしだされ、ガムラン奏者と土取利行の石琴との共演、青墓大太鼓の演奏も加え、夏の夜に打楽器の祭典がひろがります。



爽秋(そうしゅう)・小栗判官照手姫おぐりはんがんてるてひめ)

晴天の秋の閑寂、舞踏と説経浄瑠璃による現代の至芸――大野一雄と若松若太夫との異相空間。

日時=平成4年11月3日(火・祝)午後5時開演
会場=大垣市スイトピアセンター文化ホール
料金=2000円(全席自由)

◆中世末期の作といわれる「をぐり」は、小栗判官と妻の照手姫との数奇な悲恋物語です。大垣・青墓は、この物語のなかで、地獄から蘇り餓鬼阿弥姿に変わりはてた小栗判官が照手姫と再会する地。
◆「をぐり」はこれまでにも、語り物、操り人形芝居、義太夫節、歌舞伎など様々な芸能の題材になってきましたが、今回は、無形文化財・若松若太夫の説経浄瑠璃小栗判官一代記――照手姫二度対面の段」により、八十五歳の今なお、世界のダンスシーンの第一線で活躍している大野一雄の舞踏が「をぐり」に新たな生命(いのち)を吹き込みます。

妖冬(あやかしのふゆ)・夜叉姫幻想(やしゃひめげんそう)

人形と音楽と語りが織りなす、妖艶華麗ただよう幻想の世界――ホリ・ヒロシの人形舞。

日時=平成5年2月13日(土)午後6時30分開演/14日(日)午後3時開演
会場=大垣市スイトピアセンター文化ホール
料金=2000円(全席自由)

泉鏡花の「夜叉ヶ池」のもとになった、源義朝と延寿の娘、夜叉姫にまつわる大垣ゆかりの伝奇物語を、桃山晴衣が史実を掘り起こして新たな視点から脚本を書き下ろし、桃山と土取利行による音楽、ホリ・ヒロシの人形舞によって上演する新作です。
ホリ・ヒロシは、現在もっとも注目されている人形作家であるとともに、自作の等身大の人形を操り、伝統美の世界に斬新な現代感覚を取り入れた「現代の文楽」ともいえる、独特で妖艶華麗な世界を創り出しています。


◆芸術監督プロフィール
土取利行
1950年香川県生まれ。70年代よりパーカッショニストとして世界各国で活躍。ピーター・ブルック国際劇団の音楽監督として「マハーバーラタ」などの音楽を担当。一方、初源的な音の世界に誘導され、アジア・アフリカの音楽渉猟をする。また日本古代の音の探求を続け、「サヌカイト」「縄文鼓」を発表。第二回「飛騨古川音楽大賞」奨励賞を受賞。1987年に岐阜・郡上八幡に「立光学舎」を桃山とともに開設、音楽・文化活動の拠点とする。

桃山晴衣
6歳より三味線を始め、1960年桃山流を設立、家元となる。古典・宮薗節に入門(四世宮薗千寿の内弟子となる)。1974年家元をやめ、新作「婉という女」などを発表。1981年「梁塵秘抄」で古典と民族音楽を美しく融合させた独自の音楽世界をひらく。人形劇「曽根崎心中」、ピーター・ブルック演出「テンペスト」の音楽も担当し、他作品に「林雪」「夢二絃唱」などがある。現在、「立光学舎」を拠点に、国内外で幅広い音楽活動をしている。

主催=大垣ルネッサンス「代々の雅」事業推進協議会
大垣市大垣市議会・大垣市教育委員会大垣市文化連盟・(財)大垣国際交流協会大垣市文化財保護協会・大垣市邦楽協会・梁塵秘抄を学ぶ会・大垣市青年のつどい協議会20周年実行委員会・大垣市青墓連合自治会・をぐり連合 をぐりサミット実行委員会・大垣夢ある女性の会・(株)NHK名古屋ブレーンズ・揖斐川工業(株)・イビデン(株)・(株)宇佐美組・(株)大垣共立銀行大垣信用金庫・河合石灰工業(株)・カンガルーメセナ協議会・岐建木村(株)・コーテック(株)・サンメッセ(株)・太平洋工業(株)・太平洋精工(株)(株)土屋組・日本耐酸壜工業(株)・矢橋工業(株)・矢橋大理石(株)

後援=岐阜県岐阜県教育委員会NHK岐阜放送
お問い合わせ=大垣市役所企画広報課

<春錦・梁塵秘抄
主催=大垣ルネッサンス「代々の雅」事業推進協議会春錦・梁塵秘抄実行委員会
主管=梁塵秘抄を学ぶ会

<夏青野原・虹の楽殿
主催=大垣ルネッサンス「代々の雅」事業推進協議会夏青野原・虹の楽殿実行委員会
主管=大垣市青年のつどい協議会20周年実行委員会

<爽秋・小栗判官照手姫>
主催=大垣ルネッサンス「代々の雅」事業推進協議会爽秋・小栗判官照手姫実行委員会
主管=をぐり連合・をぐりサミット実行委員会

<妖冬・夜叉姫幻想>
主催=大垣ルネッサンス「代々の雅」事業推進協議会妖冬・夜叉姫幻想実行委員会
主管=大垣夢ある女性の会



桃山さんと土取さんの「立光学舎(りゅうこうがくしゃ)」での活動記録の一端は、Youtubeの「立光学舎アーカイブ」を通じて視聴することができます。→


「代々の雅」の<春>の項目に書かれている、桃山晴衣さんの「日本・アジアの民族楽器から成るユニークなアンサンブルMOMOとは、石川鷹彦さんのギター、菊池雅志さんの尺八、古田りんずさんのキーボードと桃山晴衣さんのうたによるバンドのことです(ここでは桃山さんは三味線を弾かず唄に専念)。残念なことにMOMOのレコード録音は残されていませんが、下北沢でのライブの模様をYoutube立光学舎アーカイブで見ることができます。竹久夢二・作詞、土取利行・作曲「どんたく」。ちなみにこの曲を土取さんが歌ったヴァージョンはCD『夢二絃唱/土取利行・桃山晴衣』(コジマ録音/立光学舎)で聴くことができます。

MOMO/ Harue Momoyama  桃山晴衣&MOMO(どんたく)


関連記事→「桃山晴衣 そらへ澄みのぼる声」(2010年12月5日)

(堀内)