じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

八十歳の「手事」

今年も「後藤すみ子独奏会」で「手事」を聴いてきました(11月16日、銀座・王子ホール)。ここ数年、必ず宮城道雄の箏独奏曲「手事」がとりあげられているのですが、その演奏が圧倒的で、毎年その感動を味わうために通っているファンも多いようです。
今回は「後藤すみ子独奏会 果てしなき挑戦を 独奏曲シリーズXVII」というタイトルでした。1997年から始めた箏・三弦の独奏曲を演奏するこのシリーズは、節目ごとにテーマの変遷があり、昨年のプログラムに次のように記してありました。

「邦楽4人の会」の音楽運動と共に、1997年より毎年箏・三弦の独奏曲を演奏する独奏会を開き、1999年より「現代邦楽の歴史を尋ねて」のタイトルで現代の多くの箏独奏曲を発表、2006年より「新たな挑戦を」と題して、長年培って来た箏・三弦の演奏技法の集大成と、この先どこまで演奏技術の進歩と保持が可能か、を目標に独奏会を開いておりますが、傘寿を契機に今年よりは「果てしなき挑戦を」として、私が演奏可能な限り挑戦して行きたいと思っております。

優れた音楽性や演奏技術については、いまさら言うまでもありませんが、力強く豊かな響き、気迫のこもった演奏は、今年満80歳というお歳をまったく感じさせません。いえ、むしろ年々パワーアップしているような気がします。
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写真は昨年と今年のプログラムですが、表紙に使われている写真は後藤さん自身の撮影で、昨年(右)は「スリランカにて 2010年8月」、今年(左)は「ピレネー山脈 ガバルニー国立公園 2011年7月」とあります。スリランカでは象の大群を目撃されたのでしょうか?
後藤さんの世界遺産を巡る旅については以前、このブログで紹介しましたが(→CD「箏・三弦 古典/現代名曲集(22)」の「鳴沙」 - じゃぽブログ)、この好奇心と行動力が、あの演奏のパワーの源ではないかと、勝手に納得しています。
この日もプログラムの最後が「手事」で、スタンディングオベーションありの拍手の嵐。そしてアンコールに応えて、宮城道雄の「秋の夜」をしっとりと弾き歌いされました。難曲ばかりのプログラムの後に、ほっとする、とてもすてきな演奏でしたが、客席はさらにアンコールのリクエスト。「では、恒例により」とご本人のお言葉があって、期待どおり「手事」の第3楽章を弾かれました。
あの難曲を弾いたあとに、アンコールでもう一度第3楽章を、というのは初めて聴いたときは驚きましたが、今ではこれを伺わないと物足りないような気さえしています。アンコールの第3楽章は、さらにノリのよい鮮やかな演奏で、80歳にして進化を続けているとしか思えません。
「手事」については特別な思い入れがあるそうで、プログラムに次のようにありました。

芸大4年生の秋の学内演奏会で初めて弾き、更に卒業演奏でも演奏し、この曲を生涯の演奏技術のバロメーターにしようと思ってから半世紀以上が経ちました。(中略)
50余年に亘りこだわりを持って演奏してきましたが、今は年齢と共にどこまで技術の進歩と保持が可能かを課題にして、自分に挑戦を試みています。これからも生涯の曲として、一回一回を大切に演奏して行きたいと思っております。

このすばらしいバロメーターを毎年聴かせていただけるのは、本当に有り難いことです。後藤さんは宮城道雄の直弟子ですが、宮城道雄がもし80歳まで生きていたら、こんなふうに演奏されたのでしょうか?

当日演奏された曲目は次の通り。

プログラム
1.三弦独奏による 沙麓(さろく)  後藤すみ子 作曲
2.箏譚詩集 第一集(冬)  三木稔 作曲
  1) 小さな序曲 2) あこがれ 3) 冬の夜 4) 人形の子守唄 5) やがて春が
3.三つの断章  中能島欣一 作曲
4.手事     宮城道雄 作曲
  1) 手事 2) 組歌風 3) 輪舌

アンコール
 秋の夜      宮城道雄 作曲
 手事 3)輪舌   宮城道雄 作曲

三弦独奏による「沙麓(さろく)」は、今回のために作った初演曲。これまで作曲された三弦の曲のタイトルには、三弦の「さ」を掛けて、必ず「沙」の字を入れているそうです。
三木稔作曲の「箏譚詩集 第一集(冬)」は2004年に独奏会の「現代邦楽の歴史を尋ねて」シリーズで初めて手がけたそうで、「随所に難技法があり、箏では演奏不可能と思われるテクニックに、とても苦労した思いがありました」というほどの難曲ですが、とても美しい曲です。
「三つの断章」は、1962(昭和37)年の「邦楽4人の会」第6回定期演奏会で初めて演奏したとき、作曲者の中能島欣一が山田流なので、生田流の爪でも演奏可能か、作曲者に相談のうえ演奏したとのことです。いまや現代邦楽の古典といってもいい曲で生田流の演奏家もよく弾いていますが、そのパイオニアだったのですね。
後藤すみ子さんの演奏はDVDでも鑑賞することができます。2作品出ていますが、「手事」は「箏・三弦 後藤すみ子の世界」に、「箏譚詩集 第一集」は「箏 後藤すみ子の世界 2」に収録されています。
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じゃぽ音っと作品情報:箏・三弦 後藤すみ子の世界 /  後藤すみ子 じゃぽ音っと作品情報:箏 後藤すみ子の世界 2 /  後藤すみ子
次回の「後藤すみ子独奏会」は2012年11月13日(火)東京・王子ホールで開催予定とのこと。来年もぜひ伺いたいと思っています。
なお、2012年1月1日には、NHKラジオの「初春の調べ」で「青柳」を演奏されるそうです(FM朝7時15分〜 第2放送 朝8時〜)。こちらも要チェックです。

(Y)