じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

藤舎貴生・黛敏郎・お水取り

 
本日、当財団から2つの新譜が発売されました。右の写真は『児童合唱まるかじり』ですが、これは制作を担当した当財団の「うなぎ」が、明後日のブログで詳しく紹介すると思うので、わたしは左のジャケット写真、藤舎貴生さんの『幸魂 奇魂(さきみたま くしみたま)─古事記より─』のご紹介を。

今年は「古事記」が誕生してから1300年の記念の年だそうですが、岩波文庫の「古事記」を手にとって途中で挫折したという方も多いのでは。じつは私もその一人です。この『幸魂 奇魂』は、作詞家としてヒット曲を数多く手がけた松本隆さんが「古事記」を現代語で構成した詞章をもとに、囃子の笛方の藤舎貴生さんが作曲した壮大な音楽叙事詩です。長唄、清元、箏曲雅楽、日本太鼓など、普段は絶対に一緒に演奏されることのない各種の邦楽分野の音楽が統合され、全体の進行は朗読を交えつつ、「古事記」の世界が九章の場面で構成されています。かつてないスケールの邦楽オペラのような趣があります。

詳しくは、当財団ホームページ「じゃぽ音っと」の作品紹介ページをご覧ください。→ 『幸魂 奇魂 ─古事記より─』/藤舎貴生(VZCG-8501〜02)

読売新聞記事→ 「古事記編纂1300年企画 横笛の藤舎貴生がCD」(2012年2月27日)


ところで、この作品で「作調」を務めていらっしゃるのが藤舎呂悦さん。藤舎貴生さんのお父上です。「作調」というのは邦楽特有の用語で、音楽のなかの囃子の部分を作ることを言います。洋楽風にいえばリズム・アレンジといったところでしょうか。藤舎呂悦さんは邦楽囃子の世界では名人として知られ、たとえば、あの和太鼓の林英哲さんも弟子の一人だと言えば、その凄さが多少なりと伝わるかもしれません。日本の太鼓の世界を支えてきた方です。

しかし、わたしが初めて藤舎呂悦さんのお名前を見、音を聴いたのは、じつは邦楽ではなく現代音楽でした。それは藤舎呂悦さんが藤舎推峰(現名は藤舎名生)さんと一緒に、打楽器のツトム・ヤマシタさんと共演したレコードで、以前、このブログでも取り上げています→ <「京のみやび」井上八千代・藤舎名生>

今回、ご長男である藤舎貴生さんのアルバム『幸魂 奇魂─古事記より─』を聴いて、藤舎呂悦さんによる作調の凄さに唸りました。二年前の5月3日、京都で「京都仏教音楽祭2010」()が開催され、わたしは珍しい内容に惹かれて京都まで聴きに行きました。そのとき、プログラムの中にあったのが、藤舎呂悦作・演奏の「天鼓雷音・風炎」という作品でした。構成と笛の演奏が藤舎貴生さん、太鼓の演奏は阿含宗修験太鼓、日本舞踊は市山松扇、若柳吉蔵、尾上青楓の皆さんでした。これには圧倒されました。同時に藤舎貴生さんの存在も頭に刻まれて、「これがDVDとして制作できたら」などと思い当財団の藤本理事長に興奮しながら報告したものでした。このたび、当財団から(わたしが京都で観た作品ではありませんが)藤舎貴生さんのアルバムが藤舎呂悦さんの見事な作調を伴って発売できることになり、つくづく縁というものは不思議なものだと感じ入っています。

藤舎呂悦 Official Web Site


ところで、この「京都仏教音楽祭2010」を聴きに行った大きな理由のひとつは、黛敏郎さんの名作「涅槃(ねはん)交響曲」が演奏されるからでした。この曲は昔から大好きで、わたしは子供の頃、作曲家の先生について和声を習っていたのですが、最初のレッスンの時に好きな作品は何かと訊かれて、「涅槃交響曲です」と即答していました。この曲が演奏されるときはできるだけ聴きに行くようにしてきました。なので当然京都へも出かけます。(左上は、外山雄三指揮・NHK交響楽団・日本プロ合唱団連合による1978年2月4日のライブ録音を収録したLPのジャケット画像。何度も聴き過ぎて溝が傷んで2度買い換えました。その後CD化されましたが現在は廃盤)
「再発見・黛敏郎〜昭和と歩んだ作曲家」(1998年5月)/安芸光男


2009年4月7日(火)サントリーホールで行なわれた読売日本交響楽団第481回定期演奏会での下野竜也さんが指揮した演奏は、強く心に訴えかけてくるもので、何度も聴いた「涅槃」の中でも特に感銘を受けたもののひとつです。この作品では、オーケストラの配置が舞台以外に客席後方の左右に二群の小編成グループが配されて、空間全体が響き交わす波動で満たされるのですが、このときの演奏では、最終楽章で重要な役割を果たすチューブラー・ベルがサントリーホールの正面上部のパイプオルガン演奏席の前に置かれて、音楽面と視覚面において素晴らしい効果を発揮していました。また、下野さんはペータース社の出版譜の疑問点を直接自筆譜にあたって解明する等、細部にわたって入念な準備を行なっており、作品のすみずみにまで神経が張り巡らされた演奏によりこの曲の新たな世界を引き出すことに成功していたと思います。

「涅槃交響曲」(1957/1958)は男声合唱とオーケストラのための大規模な作品ですが、早くから名曲としての評価が定着し現代作品としては稀に見る回数の再演を重ねてきています。そしていよいよ、明日と明後日の二日間、東京フィルハーモニー交響楽団の定期で、「涅槃交響曲」が再演されます!

3月8日(木)東京オペラシティコンサートホール)、明後日の9日(金)サントリーホールです()。指揮は広上淳一さんです。両日とも、オール黛敏郎作品という見逃せないプログラム。「トーンプレロマス55」、「饗宴」、「BUGAKU」、「涅槃交響曲」の四作品です。なんという豪華な曲目・・・! チラシ裏に掲載された、東フィルのコンサートマスターの荒井英治さんの文章は必読です!(こちらで、チラシの表面と裏面の2ページ分をPDFファイルで見ることができます→


黛敏郎さんといえば、昨年秋に東京文化会館日本初演されたオペラ『古事記』を忘れることはできません。わたしはゲネプロと本番の両方を見ることができました。ウェブマガジン「JazzTokyo」に、オペラ『古事記』鑑賞のレポート記事を書いたので、興味のある方はお読みください。→ LIVE REPORT: 「東京文化会館50周年記念フェスティバル記念オペラ/古事記」2011年11月23日 @東京文化会館大ホール Reported by 堀内宏公

ちなみにこのときはクロス・レヴュー形式になっており、音楽評論家の丘山万里子さんのレポート()と、多田雅範さんのレポート()も読むことができます。

黛敏郎作曲オペラ『古事記』の日本初演の模様は、今週末3月11日(日)午前0:00〜4:40(土曜日の深夜) NHK-BSプレミアム「プレミアム・シアター」()にて放映されます。新国立劇場ドヴォルザーク『ルサルカ』に続いて番組の後半に予定されているようです。

でも、わたしは今週末の11日から三日間、奈良・東大寺二月堂のお水取り(修二会)の聴聞に参りますので、残念ながら黛さんのオペラ『古事記』の放送を見ることができません。うううん、無念・・・。


上のジャケット写真は、当財団から復刻したCD『お水取り 東大寺修二会(実況録音)/[語り:小沢昭一]』です。

このところ東大寺のお水取りには毎年通っていますが、お水取りはさまざまな行法が複雑に組み合わされていて、しかもそこには音楽的な、そしてまた劇的な工夫が多数施されており、修二会を日本の音楽の源流のひとつとして見ることもできると思います。さらにそこからは、西洋とは異なった形式によるオペラ的な、あるいはその原点としての宗教音楽劇のエッセンスを受け取ることも可能です。実際、黛さんも電子音楽作品などでお水取りから影響を受けていますし、作曲家の柴田南雄さんはお水取りに取材した合唱のためのシアター・ピース『修二會讃』()を作曲されています。(←いずれも名作)

「邦楽オペラ」と「古事記」という2つのキーワードで、藤舎貴生さん、黛敏郎さん、「お水取り」の三つが結びついたというところで、偶々(たまたま)そうなったわけですが、キリがよいので今回のブログはここでおしまいです。

(堀内)