じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

ヒュー・デ・フェランテ氏に田邉尚雄賞

本日開催された東洋音楽学会で、東洋音楽の分野において優れた研究成果を対象とする「田邉尚雄賞」の授賞式が行なわれました。平成21(2009)年度 第27回の同賞受賞者は、以下のお二人です。

■ 1
Hugh de Ferranti "The Last Biwa Singer : A Blind Musician in History, Imagination and Performance"
New York, Cornell University. 2009年発行
■ 2
塚原康子 『明治国家と雅楽―伝統の近代化/国楽の創成』
有志舎、2009年12月発行

受賞作の内、ヒュー・デ・フェランテさん()の本は、肥後琵琶奏者・山鹿良之(やましか よしゆき)氏を対象としたもので、これまでの諸研究を批判的に考察した大変意欲的な内容となっています。

山鹿良之さんをめぐって書かれた本としては、木村理郎さんの『肥後琵琶弾き 山鹿良之夜咄』(三一書房)や、兵藤裕己さんの『琵琶法師――〈異界〉を語る人びと』(岩波新書)などがあり、特に後者は岩波新書初のDVD付きということもあって4万部を超えるこの種の分野の書籍としては異例のベストセラーとなっています。

当財団では、ヒュー・デ・フェランテさん、木村理郎さん、兵藤裕己さんの監修・協力を得て、2007年春に、3枚組CD『肥後の琵琶弾き 山鹿良之の世界〜語りと神事〜』を発売し、その年の文化庁芸術祭で優秀賞を受賞しています。詳しくは「じゃぽ音っと」のこちらのページをご覧ください。→

また、山鹿さんの姿を追った青池憲司監督によるドキュメンタリー映画『琵琶法師 山鹿良之』(16mmカラー・80分・1992年オフィスケイエス作品/1992年度毎日映画コンクール「記録文化映画賞」受賞/文化庁優秀映画作品賞受賞)もあり、ときどき上映会が開かれているようです。昨年(2009年)の夏、東京で開催された上映会は二日間とも超満員の盛況でした。

なお来週発行される雑誌『G-Modern』29号では「日本の周縁音楽」という特集が組まれていて、山鹿良之さんのCD紹介を含む記事が掲載されるほか、上記ドキュメンタリー映画を監督した青池憲司さんへのインタビューも掲載されています。さらに、当財団の堀内と中小路の両名が「レーベル探訪」というコーナーに登場していますので、ぜひご覧ください。

そして、ヒュー・デ・フェランテさんのすぐれたお仕事としてぜひご紹介しておきたいのが、10月5日の本ブログ記事「武満徹と琵琶」でも言及した武満徹の研究書(英文)『A Way a Lone; Writings on Toru Takemitsu』です(楢崎洋子さんとの共同編集)。日本人による武満研究は、音楽以外の分野とも関わりをもつ武満さんの個性やあるいは国民性を反映してなのか、武満さんの言葉に依拠した文学的アプローチやエピソード(挿話)の提示に傾きがちですが、海外の研究者の視点は原典スコアや資料を踏査したプラクティカルな姿勢を基本に、しかし多角的な刺激にも満ちていて、非常に示唆に富むものです。

この9月に当財団から発売した『日本琵琶楽大系』の制作過程では、ヒュー・デ・フェランテさんからオリジナル英文解説の校閲者としてアイルランドのトーマス・チャールズ・マーシャル(Thomas Charles Marshall)さんをご紹介していただきました。マーシャルさんの本職はアイルランドの教会のオルガニストですが、日本で薩摩琵琶を深く学ばれて、ホームページも開設しています→。マーシャルさんはオリジナルLP版解説の欧文がネイティブには判読し難いものだとして、原文の意味はそのままに、全文を読みやすい正確な英語にリライトするという、大変素晴らしい仕事をしてくださいました。これほどまとまったかたちで、日本の琵琶全般について記された英文資料は珍しいと思います。奇跡的復刻が実現した貴重な音源ばかりでなく、日本語と英語による、豊富な内容の解説冊子にもぜひご注目ください。

『日本琵琶楽大系』は絶賛発売中です。

(堀内)