劇場でオペラをご覧になるとき、すべてが歌手や楽器による「生の音」だと思われるのが普通でしょう。もちろんそういった公演もありますが、本格的な劇場でオペラが上演されるときには、ほとんどの場合「音響」が絡んできます。モーツァルトの『魔笛』などではかなりの頻度で効果音をスピーカーから流したり声や楽器音に対してPA(電気的な拡声)がなされているのです。
私の大切な音楽仲間、青木央(あおき・ひさし)さんはある劇場で「オペラ音響」を担当されています。青木さんは四歳のときにビートルズで音楽に開眼し、高校生のころからはチェロを弾き始めました。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」「アイ・アム・ザ・ウォルラス」といった弦楽器がフィーチャーされるナンバーが特に好きだったそうです。大学では心理学を学びつつ、学生オーケストラのチェロ・セクションに所属、多くのクラシック音楽の演奏に携わりました。卒業後その経験をかわれてオペラを上演する劇場に立ち上げ時に抜擢され、現在では音響関係の責任者という重職を担っていらっしゃいます。
「アイ・アム・ザ・ウォルラス」の弦楽器が入る前のヴァージョンがディスク2のトラック14に収録されたザ・ビートルズのCD『アンソロジー2』。例の奇妙なコーラスや「イエロー・マター・カスタード」とジョン・レノンが歌う歌詞の部分の編集もまだされていません。完成ヴァージョンにプロデューサーであるジョージ・マーティンがどういう<アレンジの魔法>をかけたか理解できます。
初期のリハーサル段階から指揮者や演出家と細かく打ち合わせていくなど大変重要な仕事でありながら、あくまで音楽と舞台の補助的な役割であり、観劇なさるかたが気付かないほうがいいくらいのものですから、オペラにおける「音響」の役割というのは本当に知られる機会が少ないようです。プログラムには演目名・作曲家・指揮者・演出家・歌手はもちろんのこと、大道具・小道具・ワードローブ・メイクといったスタッフも掲載されていますが、そこに名前が載ることもないのが現状とのこと。効果音が聞こえてくるのははっきりわかるとしても、歌手たちが歌いやすいように演奏の音をスピーカーを工夫して舞台の中へ送り、歌手たちに聴かせたり(しかも音楽全体のバランスが崩れたり客席に聞こえたりしないように)といった一見地味に思える部分がオペラのスムースな進行にとっては肝となっており、なくてはならない大切な役割であることには疑いの余地がありません。
また、バレエの地方公演で音楽は録音物を流すといった場合、オペラ劇場でのオーケストラ録音を担当、多くのマイクを扱いながら空間処理も行って、最適なかたちに仕上げていくという仕事もなさっています。現在は『ラ・バヤデール』の録音を終え、地方の劇場へ送る最終のCDRを制作している最中でいらっしゃいました。
実に幅広いジャンルの音楽をお聴きになっている通なリスナーでもあり、休日はご自宅でアコースティック・ギターやウクレレでビートルズの曲を弾いたりされるそうです。劇場の青木さんの仕事場である音響コントロール・ルームには、ハードケースに入ったチェロが置いてありました。開演前など、今もときどき弾かれるそうですよ♪
青木央さんのツイッターはこちら→https://twitter.com/celloki_hisashi
*記事内トップに掲載の写真はご本人によるもの
(J)