じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

無言館で聴く、尾崎宗吉の個展


信州・上田にある戦没画学生の絵を展示している「無言館」で、今月12日(土曜日)にスペシャル・コンサート、『死んだ男の残したものは 〜戦没作曲家・尾崎宗吉を聴く〜』が開催されます。

『死んだ男の残したものは 〜戦没作曲家・尾崎宗吉を聴く〜』
日時:2011年11月12日(土)19時開演(18:30開場)
会場:戦没画学生慰霊美術館「無言館
入場料:3,500円(全席自由)
出演:坂田明(サックス)、荒井英治(ヴァイオリン)、藤森亮一(チェロ)、山田武彦(ピアノ)、モルゴーア・クァルテット
プログラム(順不同):武満徹作曲(坂田明編曲)「死んだ男の残したものは」/尾崎宗吉作曲「小弦楽四重奏曲」、「チェロ・ソナタ」、「ヴァイオリン・ソナタ第3番」、「夜の歌」/ショスタコーヴィチ作曲「弦楽四重奏曲第8番」 ほか
主催:無言館コンサート実行委員会(代表・池田逸子)
共催:戦没画学生慰霊美術館「無言館
助成:朝日新聞文化財団、アサヒビール芸術文化財
申込み・問合せ:電話 0268-37-1650(戦没画学生慰霊美術館「無言館」)


尾崎宗吉さんは1915年生まれ。諸井三郎さんに作曲を師事。尾崎さんの音楽は師の諸井三郎をも唸らせ、柴田南雄さんによれば、諸井さんの理想の音楽の理念でもあった「フリーセンドな(流れるような)旋律」とか「モトーリッシュな(発動的な)動機展開」などが絵に描いたように実現されていることに、当時の諸井さん門下生の間でも一目置かれる存在だったとのこと。尾崎さんの親友は作曲家の小倉朗さんでした。しかし、太平洋戦争が勃発して1939年に二度招集され、1945年5月15日、中国広西省全県(全州)にて病没。享年30歳。

わたしがこの作曲家の存在を知ったのは、池田逸子さん、小村公次さん、小宮多美江さんという日本の作曲史を地道に調査・研究する三人の評論家・研究者のグループ「クリティーク80」の編著による『現代日本の作曲家1 尾崎宗吉』(1991年 発行:音楽の世界社、発売:出陽出版社)という本との出会いがきっかけでした。しかし、実際に尾崎さんの音楽を聴く機会は少なく、東京音大制作のLP盤こそ入手しましたが、クリティーク80による1982年7月12日・日仏会館ホールでの「尾崎宗吉 室内楽の夕べ」[演奏者:水野佳子(佐知香)、苅田雅治、高橋悠治]の稀少なライヴ・カセットテープは未聴で、いつかコンサートで聴きたいと思っていました。それがこのたび、ついに実現。しかもその会場が無言館とは・・・。

わたしが初めて無言館を訪れたのは、三善晃さんの『レクイエム』をCD復刻することが決まった2007年の9月のこと。この真に偉大な作品のCD化を三善さんから許可していただいたとき、戦争を知らない世代の自分として、なにか禊(みそ)ぎをしなければならないと強く感じ、三善さんが少年時代に疎開した信州の別所温泉と、その近くにあるこの無言館を訪れて、無念の死を今も生き続けている戦没画学生たちの絵と向き合いました。無言館・館主の窪島誠一郎さんの本を読み始めたのも、その時の訪問がきっかけでした。

山々のふところに抱かれて静かにたたずむ無言館


無言館の近くにある、夭折の画家の作品を集めて展示している信濃デッサン館に向かう道すがら、上田市を眺望する素晴らしい風景。


蜻蛉(とんぼ)。信濃デッサン館近くの前山寺にて。

今回の尾崎宗吉作品の演奏会は、コジマ録音から作品集のCDが出版されるのに合わせて開催されるものです。CDは今月11月7日発売。流麗な筆致が堅固な構造のなかで深いパースペクティヴを作り出して、明快でありながら複雑な陰影をかざしています。これが1930年代の日本人作曲家の作品かと思うと、暫し絶句します。日本人はアレグロの作曲が苦手だとよく耳にしますが、尾崎宗吉の作品には単なる快速調ではない、一段と高い芸術性を内在させた真の音楽的深みを感じます。最後の作品となった、チェロとピアノのための「夜の歌」の切実な響きの世界には言葉を失います。なんという曲でしょうか・・・。

とにかく、わたしたちは先人の残した優れた記録を知らなさ過ぎるし、たくさんのものを置き忘れてきているのだと思います。尾崎宗吉さんの音楽もそのひとつでしょう。多くの人に聴いていただきたい優れた音楽だと思います。


『夜の歌|尾崎宗吉作品集成』
モルゴーア・クァルテット、荒井英治(vn)、藤森亮一(vc)、山田武彦(p)、竹田恵子(歌)

尾崎宗吉(1915-1945) 作曲
「小弦楽四重奏曲」(1935)
「幻想曲とフーガ」(1936)
「初夏小品」[詩:大木惇夫](1936)
「チェロ・ソナタ」(1937)
「ヴァイオリン・ソナタ第2番」(1938)
「ヴァイオリン・ソナタ第3番」(1939)
「夜の歌」(1943)

発売元:コジマ録音 ALCD-9110
2011年11月7日発売


最後に、当財団から発売されている作品の紹介を。今回のCD録音に参加し、コンサートにも出演されるモルゴーア・クァルテットの第一ヴァイオリンの荒井英治さん(東京フィルのコンサートマスターでもあります)は、当財団から発売している作曲家・小山薫さん(1955-2006)の作品集CD『射干玉(ぬばたま)──小山薫の世界[作品選集]』を制作する際、素晴らしいライナーを執筆していただきました。小山薫作品集は上記リンク先で試聴できます。荒井さんが独奏ヴァイオリンを務める小山薫『ヴァイオリン協奏曲』(1985/rev.1994)は、ぜひお聴きいただきたい名作です。


(堀内)