じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

作曲家 小山清茂さんと小山薫さん

昨年も何度か日本のオーケストラの公演を聴きに行きましたが、私が子供の頃に比べると本当に響きがゴージャスになりました。指揮者によって同じオケとは思えない程にまったく違った響きを味わえるようになったのも、地力があってこそでしょう。わたしは特に日本人の作曲家の作品を聴きに行くことが多いのですが、気になる演奏会をご紹介。今月27日の東フィルのオーチャード定期公演です。

 

東京フィルハーモニー交響楽団 第827回オーチャード定期演奏会
〜一正が振る。一正が弾く。〈祭典〉の昂揚〜
日時=2013年1月27日(日)15:00開演(14:30開場)
会場=Bunkamura オーチャードホール
出演=指揮・ピアノ:渡邊一正管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団
<プログラム>
小山清茂管弦楽のための木挽歌
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調
ストラヴィンスキーバレエ音楽春の祭典
http://www.tpo.or.jp/concert/detail-2239.html


小山清茂さんの「木挽歌」は、小山さんと親交のあった劇作家で佐賀県出身の三好十郎さんから直接教えてもらったという民謡の節を素材にしたオーケストラ作品ですが、生命力と躍動感に富んだ構成となにより響きの彩色が素晴らしく、演奏次第で印象がまったく異なります。オーケストラの実演で聴くとそのエネルギーは眩しいほど。C席とD席は完売ですが、S・A・B席はまだチケットがある模様。お早めにどうぞ。

当財団では、小山清茂さんご自身が編曲・監修された吹奏楽版の「木挽歌」を収録したCDを復刻・発行しております。→ 『小山清茂 吹奏楽のための「太神楽」』(VZCC-1020)


このCDでは「木挽歌」が変ロ調に移調されて編曲・演奏されています(原曲はハ調で、この音源の録音後に出版された同曲の吹奏楽版スコアもハ調になっています)。そのことについて、以前、当ブログに詳しく書いた記事がこちら。→ <小山清茂 吹奏楽版「木挽歌」>(2010年11月24日)


東フィル定期では、東日本大震災の影響のため中止となった「100周年記念公演」の復活上演、シェーンベルクの「グレの歌」(2013年2月23日・Bunkamura オーチャードホールも注目です。こちらの指揮は尾高忠明さん。→



指揮の渡邊一正さんは、当財団から発行しているCD『射干玉(ぬばたま) ── 小山薫の世界[作品選集]』(VZCC-1011〜02)のなかで、2001年に東フィルと合併した新星日本交響楽団との「ヴァイオリン協奏曲」、東フィルとの「Sinfonia Concertante ―四重協奏曲―」で演奏者としてクレジットされています。作曲家・小山薫さんは、たまたま小山清茂さんと同じ姓ですが、親戚ではありませんし作風もまったく違います。小山薫さんのCD作品集は、発売後、朝日新聞(2008年7月18日)誌上で音楽評論家の岡田暁生片山杜秀、金澤正剛、喜多尾道冬、の四氏が合議で選ぶ「推薦盤」として取り上げられました。荒井英治さんが独奏を務めた名作「ヴァイオリン協奏曲」は何度聴いても新鮮な印象を残します(荒井さんはさらに本CDに素晴らしいエッセイをご寄稿されています)。渡邊さんの指揮も、この曲の録音に大きく寄与しています。

ところで小山薫さんの名曲「ヴァイオリン協奏曲」には、この作品にとって悲しいエピソードがあります。芥川作曲賞の公開選考会の場で、「改作」であることを理由に候補から外されたのです。この賞は、その年に初演されたオーケストラ作品の中から最終候補作が選考され、小山薫さん自身がノミネート後に「改訂作品だが、よいのか」と確認をしていたことが、この問題を根深いものにしていたようです。ちなみにこの時に芥川作曲賞を受賞されたのが江村哲二さん。その江村さんも、小山さん同様、若くしてお亡くなりになっています。もし受賞者が小山薫さんだったならば、この二人の作曲家のその後はどうなっていたか・・・同じだったかもしれないし、もうそれは誰にも分かりませんが。運命の糸というのは本当に不思議なものです。当時の新聞記事をご紹介しておきます。

芥川作曲賞・改訂作めぐり選考会で論議

擬人化して言えば、作曲家の生み出した音楽が改訂された場合、それはもとの音楽の「兄弟姉妹」に当たるのか、それとも「同一人物」が少し変わっただけなのか。8月27日、東京・サントリーホールで開かれた第四回芥川作曲賞の選考演奏会では、このことが問題になった。

候補となったのは、江村哲二氏「バイオリン協奏曲第二番『インテクステリア』」、正門憲也氏「管弦楽のための“遊戯”」、小山薫氏「バイオリン協奏曲」の三作品。演奏の後、公開選考に入った。武満徹松村禎三黛敏郎の選考委員三氏が、三作品について評し、これから丁々発止のやりとりが始まるぞ、という時のこと。司会の武田明倫氏が会場に告げた。

「小山作品は1986年の作品の改訂作だが、賞は、この一年に初演された作品から選ぶことになっている。候補作発表後、三選考委員が元の作品と比較検討したが、結論は『初演というのが妥当かどうかは、演奏の後の選考の席で述べたい』ということになった」

この説明の後、松村氏は「元作の初演のとき、私も立ち会ったが、そのときと今と、感銘する度合いが全く違う」と、バイオリン独奏とコンサートマスターとの印象的な掛け合いの部分などの違いをあげ「兄弟姉妹」説を唱えた。

しかし黛氏は「芸術的成果と規約は別だ。新作には実に見事なクライマックスがあるが、一楽章はまったく同じで、二楽章も楽想は変わらない」と「同一人物」説を主張。武満氏も「作者が述べたかった内容は変わっておらず、前の作品を補筆したものだと思う」と語った。

結果は、松村氏も賞の対象外とすることには賛成して、江村作品が賞に選ばれた。

ただ、小山作品は、今年三月に改訂初演作品と明示して演奏されており、候補に選ばれたときも、小山氏は「改訂作だが、対象になっていいのか」と事務局に問い合わせている。いよいよ議論が始まってから問題を持ち出したのは、聴衆にも疑問を残した。

賞を離れて考えれば、「同一人物」か「兄弟姉妹」か、結論づけるのは難しい。しかし、武満氏が「選考から外しても生き続けていくと思う」と語ったように、改訂の結果、小山作品が長い生命を獲得したことだけは、確かなようだ。(摩)

朝日新聞」1994年9月13日(火)文化欄「単眼複眼」


小山薫さんの作風は、師匠だった松村禎三さんと同様に堅い岩盤を何度もノミで少しずつ砕いて掘り出したような、手応えのある内実が鈍色の光を湛えそのままフォルムとなって佇んでいる趣をもち、同時に、小山さんならではの、書や曼荼羅を思わせる独特な空間構成と、現実の奥に横たわる真なる美を内包する研ぎ澄まされた厳しさを特徴としたものだと思います。しかしその響きには、困難を経て到達した山頂の景色にも似た、透明な光が降り注ぐ、暖かく柔らかな温もりが溢れています。その音楽に、ぜひ、耳を傾けてみてください。ジャケットを開くと、鮮やかな檜扇(ひおうぎ)色が広がります。檜扇の種(黒い実)は黒く、「射干玉」と呼ばれています。黒い外面の内側に潜む鮮烈な命の響き。小山薫さんの音楽そのものをイメージした作りです。下記ページ内でディスク1の各曲45秒ずつの試聴ができます。

『射干玉(ぬばたま) ── 小山薫の世界[作品選集]』(VZCC-1011〜02)

(堀内)