じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

美鵬駒三朗社中「民謡囃子」

日本と世界の「無形文化」を紹介するフェスティバル、弊財団主催の第1回東京[無形文化]祭は、7月11日(水)のハイチのカーニバル音楽(草月ホールにて)を皮切りに、8日間9公演が終了し、残すところ明日7月27日(金)「語る」―節の競演(紀尾井小ホール昼夜2回公演)のみとなりました。

明日は説経浄瑠璃「葛の葉(くずのは)」(浄瑠璃:三代目若松若太夫)、浪花節「紺屋高尾(こうやたかお)」(浪曲国本武春、曲師:沢村豊子)、女流義太夫「卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)〔平太郎住家の段(へいたろうすみかのだん)〕」が上演されます。お時間がありましたら、ぜひぜひお越し下さい。当日券もございます。

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7月23日(月)に紀尾井ホールで行われた「囃す」--囃子の競演では、「江戸里神楽」「民謡囃子」「邦楽囃子」「能楽囃子」という、共通に「囃子」としながらも全く別の表現方法でその世界を作り出す4つの“音”の違いを感じることができました。

その中で「民謡囃子」は、初めて拝見させていただいたものでした。美鵬流囃子方美鵬駒三朗家元自ら採譜、編曲、作調した「尾道三下がり」(広島)、「日田祇園囃子」(大分)、「飾山(おやま)囃子」(秋田)、「花輪ばやし」(秋田)を、4歳の女の子を含め総勢26名で演奏するという、大変楽しいものでした。華やかさ、力強さ、懐かしさ等、太鼓の音色と共に自然といろんな感情が次々に湧き出てくるようで、最初から最後までドキドキしながら楽しませていただきました。

美鵬駒三朗社中の皆様とは、民謡のお仕事でご一緒することが多く、民謡の伴奏として「縁の下の力持ち」的に舞台をささえてくださっています。ですが、23日の舞台は違いました!全員が表現者となり、日本のすばらしい伝統芸能を私達に見せてくれました。

当日配布したパンフレットに、美鵬駒三朗さんによる解説が掲載されていますのでご紹介します。

民謡のお囃子は、歌と切り離せるものではありません。全国の民謡の数だけお囃子があり、それぞれ様々なルーツを持った伝統として各地に受け継がれてきたものです。今回、「東京[無形文化]祭」の開催を機に、民謡囃子を専門とする私に、民謡囃子だけを舞台で聞かせてくれないか、という思いがけない依頼がありました。歌のない民謡、ではそれはカラオケ?と、一旦はお断りしようと思いましたが、よくよく考えてみると(と私が申してはなんですが)、全国各地にお囃子の楽しい曲がたくさんあり、また、そのお囃子の味を伝えることを何十年もやって来た私にとって、これは面白い機会になるとも思われました。 最初に思いついたのが、秋田の「飾山囃子」でした。角館のお祭りは、佐竹藩の時代から氏神である神明社と、それより古い鎮守の薬師堂があり、普通は宵宮と本祭りの2日間で行われるお祭りが、変則的な3日間で行われます。今でも町の人口が20倍にも膨れ上がる人気で知られています。このお祭りのお囃子が「飾山囃子」で、寛政年間の頃、江戸の文化の影響を受けた大名から町人までにも謡曲能楽が大流行し、その当時の最先端の長唄も取り入れてできあがったとされています。この「飾山囃子」を中心に、広島尾道の「みなと祭」のルーツでもある伝統の三味線楽曲「尾道三下がり」、文化年間に日田代官のお供で長崎に出向いた小山徳太郎が長崎の明笛を習得し、当時の俗曲や端唄を笛にアレンジしたと伝えられ、一基の山鉾に笛4〜5名、太鼓1名、三味線1名が乗り込んで演奏する大分の「日向祇園囃子」、そして古く平安の時代から伝えられ、秋田県無形民俗文化財指定を受けている「花輪ばやし」の全4曲を、それぞれの持ち味をおおいに生かしてお聞かせしたいと考えています。 その演奏を考えあぐねておりましたら、なんと総勢30名弱のメンバーとなってしまいました。皆さまには、日本人の心のふるさとである民謡の、何時も後ろで頑張っております民謡囃子の面々の初めての舞台を、どうぞお楽しみいただければ幸いです。解説:美鵬駒三朗(パンフレットより)

 


また同じ感動を味わえる機会を楽しみにしています!
ありがとうございました。

(K)