じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

霞が関で聴いた西潟昭子の三絃

官公庁を中心としたオフィス街である霞が関で、「霞が関ミュージックサロン」という魅力的なイベントが2、3カ月おきに開催されています。クラシック音楽と、日本の伝統音楽を取り上げていますが、毎回中味が大変ユニーク。今年1月の五世常磐津文字兵衛さんの公演では、実演を交えながらの分かり易い説明が面白く、常磐津の魅力がとても身近に感じられました。

会場は定員50人ほどの空間で、本来は会議や研修に使う部屋ですから万全な防音は望めませんが、天井が高く空間容量が大きいので、PAを少し整えれば結構よい感じの音になります。舞台背景は一面大きなガラス窓、その向こうには、まだ灯がついたオフィスビルが聳え立つ霞が関ならではの眺めです。(和楽器にPAが必要かどうかという点は意見が分かれるところでしょうが、会場の構造や会の内容などの事情に応じて、PAの使用が聴く側によい効果を生む場合は確かにあります。)

このシリーズのプロデュースを担当しているのは、作曲家で「五感の音楽」というコンセプトを提唱されている佐藤慶子さん。著書『五感の音楽』(ヤマハミュージックメディア)の副題は、「音のない音楽への扉」と題されていて、これは、耳の聞こえない人がどうやって音楽を体験するかというテーマを意味しています。そこから、音楽を耳ではなく、身体の別の器官を通じて聴くことに進んでいく、という内容が魅力的な本でした。

2010年9月24日(金)に開催された、三絃の西潟昭子さんによる、数人の共演者を招いての大変豪華なプログラムを聴いてきました。

「西潟昭子・三絃(三味線)の世界」
お話と演奏:西潟昭子。助演:吉原佐知子(箏)、浅野藍(三絃)、玉木宏樹(ヴァイオリン)


1曲目の古典「八段調」の艶やかな音色の見事さ。古典というよりも、今生まれたばかりの曲であるかのように響きました。古典作品に内在しているのは、「昔のまま保存された」音や意味ではなく、今の視点で汲み出すことのできるたくさんの鉱脈であることが、こうしたすぐれた演奏を聴くとはっきりと理解できます。

3曲目の杵屋正邦「呼応」は、二挺の三味線が決して同時に音を出さない、つねに交互に弾くという作品。近藤譲の「線の音楽」を思わせるようなコンセプトですが、制約を課すことによる音の緊張が、周到なドラマ作法によって自在な分子運動に移行するプロセスが見事。左右の楽器からパルスが交差し続けるダイナミズムはロック的なカタルシスも感じさせます。

沢井忠夫の「銀河」は沖縄音階を使った作品で、精緻な反復音型のなかから倍音の渦がいくつもの星雲を作り出し、まさに宇宙的な拡がりを感じさせます。沢井作品の豊饒な響きは官能的であると同時に醒めた知性を感じさせるものが多く、まさに「魔術的」と言ってよいでしょう。

玉木宏樹作曲の「いちめん菜の花」は山村暮鳥の同名の詩篇をテキストにした曲で、西潟さんはこの曲では歌のみでしたが、客席との声の「掛け合い」を含む作品ということもあって、演奏者と聴き手が一緒に和気藹々と盛り上がりました。

西潟昭子さんのデビュー・アルバムは、このLP『西潟昭子/三絃』(コジマ録音)でした。発売は1980年。未CD化。〔収録:坪能克裕「庵の閑話」(1979)/池辺晋一郎「はじめのうた」(1980)/三枝成章「LA・LA-LA-LA・LA」(1977)、「FLASH -II」(1979)*/佐藤聰明「沈黙」(1977/rev.1979)**〕 助演=* 岡田知之打楽器合奏団、硨島公二(指揮)/** 高田和子(三絃II)、長谷川美帆(三絃III)

その後、西潟さんはビクターに現代邦楽の数多くの作品を吹込んでいますが、それらのほとんどが当財団からCDで発売されています。

現在は、洗足学園大学現代邦楽研究所で教育活動にも従事されており、この秋には、当財団も後援している2つの大きな公演があります。ぜひお運びください。

洗足学園音楽大学 邦楽第5回定期演奏会 尺八の潮流 〜伝統を未来へ〜
2010年10月10日(日)開場15:150 開演16:00/東京オペラシティ タケミツメモリアル/入場料:1,000円


「三絃と箏の軌跡」〜西潟昭子・石垣清美・洗足音大の仲間たち〜
2010年10月27日(水)開場18:30 開演19:00/国立劇場小劇場/入場料(全自由席): 3,000円(一般)、2,000円(ルフラン会員、三味協会員)、1,000円(学生、現邦研研究生)


洗足学園大学現代邦楽研究所

(堀内)