じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

中村明一、「倍音」の世界

尺八奏者・中村明一(なかむら・あきかず)さんの『「密息」で身体が変わる』(新潮選書、2006年)に続く二冊目の著書倍音──音・ことば・身体の文化誌』(春秋社、2010年)が、このところ話題を集めて増刷を重ねています(発売元が作った特集ウェブサイトが凄いレイアウトでびっくり→)。テレビ番組「徹子の部屋」で、タモリさんが本書を推薦したのがきっかけだそうです。たしかにタモリさんの話も本書には登場しますが、その件はお読みになってからのお楽しみ。

本書は誰もが普段の生活で感じる具体例に即して書かれているので、音楽や音響の専門的なことを一切知らなくてもまったく問題ありません。そして好みの歌手の判断やギャグが醸しだす笑いの底に、じつは無意識の働き以上に、「倍音」という秘密の鍵があることが、優しい文章で説明されています。たしかに面白い! しかし、そのもう一段先にある本書の核心部を一言でいえば、──音や響きが伝えるもののなかにこそ、じつは言語以上に豊かな意味があり、コミュニケーションの元になるものが潜んでいることを様々な事例で示し、その価値に再び気づくように促しつつ、現代社会からその豊かさが急速に喪失されていることに警鐘を鳴らす本──、ということになるかと思います。

人間の内部には、何万年もかけて進化してきた生命の記憶が折り畳まれていて、音や響きは、「わたし」という一個人を超えた意識下の記憶にまで働きかける力をもっている・・・、という仮説には、思わず膝を打ちました。中村明一さんの尺八を聴いていると、いつも何百年、何千年という単位の自然のドラマ、生命の輪廻が、こちらの想像力を超えたスケールで目の前に立ち現れているような、壮大かつ厳粛な思いに満たされるのですが、本書を読んでその理由と謎の在り処が少し判ってきたように思いました。いくつか書評をご紹介いたします。

池田康さんによる書評
(ブログ「洪水〜漂流記録〜」より)
2012年03月28日 中村明一著『倍音 音・ことば・身体の文化誌』

今井顕さんによる書評
(「KINOKUNIYA BOOKLOG 書評空間」より)
2010年12月21日 『倍音』中村明一(春秋社)


中村明一さんはじつに多方面な活動を展開されている尺八奏者ですが、そのライフワークとも呼べるのが、日本全国のさまざまな尺八の伝承を学んで、それらの演奏をCDで発表していく試みです。尺八の古典曲は、「本曲」という限られた数の曲しかありませんが、それは、日本各地で異なったすがたで伝えられています。こうした各地方で継承されている尺八の系譜はなかなか人目に触れる機会が少ないものばかりなのですが、中村明一さんは、各地の古老を訪ねてそれらを直に学び、それを自身の演奏する身体と精神の内に体得した上で、これまでコロムビアと当財団から現在まで6枚のCDを発表されています。その内、全国の虚無僧寺に伝承される名曲を収録した『虚無僧尺八の世界 薩慈(さじ)』コロムビア、上のジャケ写)は平成11年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞を受賞、そして新潟と富山の虚無僧寺に伝承される尺八曲を集め、富山県国泰寺での虚無僧尺八と読経による合奏の現地収録も含む『虚無僧尺八の世界 北陸の尺八 三谷(さんや)』(当財団発行)は、平成17年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞を受賞しています。

余談ですが、以前、中村明一さんから興味深いお話を伺ったことがあります。このように、奥深い土地に暮らす高齢の尺八吹きの方を探し出してついに尋ね当てると、その内の何人かの方から、まったく同じ言葉をかけられたのだそうです。「ずっと昔、あなたのようにここまで訪ねてきて、ここの尺八の伝承を調べて行った者がおったなあ」。その人こそ、かつてやはり全国を旅して日本各地に伝わる尺八の真髄と奥義を探求した海童道祖(わたづみどうそ)だったそうです。海童道祖に関わる話を始めてしまうと長くなりそうなので、また別の機会に・・・。中村明一さんによる、全国各地の尺八演奏の古態を探究したシリーズは、今後も当財団で続編を制作し発行する予定です。

また以前、当財団では、中村明一さんと越後明暗流尺八保存会「竹峯会」のご協力で、2008年の12月、原宿の表参道を虚無僧が尺八を吹いて行脚するイベントを開催したこともありました。そのときの模様は、当財団ホームページ「じゃぽ音っと」内の写真入りレポート記事でご覧いただけます。→ 「虚無僧 原宿表参道を行く」


当財団から発行している中村明一さんのCDはこちらです。→

『虚無僧尺八の世界 北陸の尺八 三谷』(VZCG-349)


『霊慕 虚無僧尺八の世界 東北の尺八』(VZCG-610)


『虚無僧尺八の世界 京都の尺八 I 虚空』(VZCG-680)


近々、『倍音』に関連したレクチャー&コンサートも予定されているようです。

レクチャー&コンサート 中村明一の「倍音」音の不思議・尺八の可能性
2012年4月14日(土)12:30〜14:45
会場:ルミネ横浜8階(横浜駅東口)・朝日カルチャーセンター横浜教室

詳しくは、中村明一さんのHP「Kokoo」内の「スケジュール」案内のページをご覧ください。この他にもいくつかのイベントが案内されています。


この中村明一さんのホームページは、中村さんが結成している和楽器によるロック・バンド「Kokoo」(コクー)のウェブサイトを兼ねています。編成は尺八、箏・十七絃の三人なのですが、しかし、奏でる音楽はまさしく「ロック」なのです!! 現在のメンバーは中村さんと、八木美知依さん[ブログ→ 八木美知依 箏の次第]、磯貝真紀さん[ブログ→ 箏・十七絃 演奏者 ☆ MAKI ISOGAI ☆]。
 

大変残念なことに、キングレコードから発売されていた「Kokoo」の2枚のアルバムは、現在どちらも廃盤です。どこかで見かけたら、ぜひ入手することをお薦めします!

参考記事
中村明一の変幻〜 Kokoo ライヴを聴く/安芸光男(2000年12月)

(堀内)