じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

廣瀬量平――日本の音の原像

六本木の国際文化会館)の中にある岩崎小彌太記念ホールで2006年から開催されている「IHJ伝統文化シリーズ」。今週11月24日(水)はその第9回目、作曲家・廣瀬量平さんの邦楽器のための作品連続演奏会の第一回でした。この日は2008年に逝去された廣瀬さんの命日でもありました。

 

当日配布された紙にIHJ芸術プログラム「伝統文化シリーズ」の趣旨が掲載されていました。

IHJ芸術プログラムは、日本の伝統音楽を日英両国語で紹介するコンサートシリーズです。5年間で全10回のシリーズを予定しており、今回はその9回目となります。各分野の人間国宝を含む、一流の邦楽家の熱演に、日英両語で詳しくわかりやすい解説をつけることにより、普段、敷居が高いと思われがちな伝統音楽に接する機会が少ない日本人や在日中の外国人に、その素晴らしさを体験していただくことをねらいとしております。観客の皆様が、世界に日本音楽の素晴らしさを広める小さな「大使」となってくださることを願っております。

財団法人国際文化会館 企画部 芸術プログラム担当:クリストファー・ブレィズデル(芸術監督)、前田 愛(実芸術プログラム・コーディネーター)

これまでの開催記録。

2006年4月11日 「雅楽の夕べ」 出演:伶楽舎
2006年10月20日 「古典・現代邦楽の今」 出演:オーラJ
2007年2月9日 「唄・語り・三味線――常磐津と江戸の粋」 出演:常磐津英寿(人間国宝)、常磐津文字兵衛、常磐津兼太夫常磐津兼豊、その他
2008年2月13日 「江戸里神楽――民を楽しませる音楽と踊り」 出演:松本源之助社中
2008年10月2日 「琵琶音楽」 出演:上原まり、塩高和之
2009年2月24日 「一音成仏――尺八の世界」 出演:山本邦山(人間国宝)、山本真山、善養寺惠介、エリザベス・ブラウン、クリストファー遙盟
2009年10月23日 「能の謡と仕舞――幽玄の世界を垣間見る」 出演:リチャード・エマート、松井彬、その他
2010年3月26日 「日本列島が歌う:民謡の夕べ」 出演:高橋祐次郎、佃一生、成田武士、須藤圭子、高橋祐貴
2010年11月24日 「廣瀬量平作品連続演奏会1、邦楽器への激る想いを次世代に」 出演:遠藤千晶、帯名久仁子、河原抄子、毛塚珠子、小宮瑞代、善養寺惠介、久松彩子、藤原道山
2011年3月25日(予定) 「聲明――声の知恵」 出演:声明の会・千年の聲

今回のコンサートは、廣瀬量平の伝統楽器による作品の連続演奏会を目指す「廣瀬量平作品連続演奏会実行委員会」と国際文化会館の共催によるもの。ちなみに同委員会のメンバーは、菊地悌子、田村拓男、友渕のりえ、長廣比登志、野坂操壽、深海さとみ、三橋貴風の諸氏です(敬称略、五十音順)。

演奏曲目は、「古代史の舞台、飛鳥と万葉集に題材をとるもの、自然現象への心象によるもの、インド紀行に発端をもつもの、それぞれ2曲ずつ」が択ばれ、廣瀬量平の音楽世界の深さと拡がりを十二分に堪能できるものでした。ただし会場の遮音性がとても低く、隣のロビーの話し声がそのまま聞こえてくるのには閉口。その一方で、バイクの走行音やカラスの啼き声などはその大きさの割に然して気にならなかったのは、元来邦楽器自体が自然の音と近しい所為なのか、それとも日本の音楽の根本的特質が、閉鎖的な室内よりも開放的な空間で響き交わすことにあるためなのか。でも演奏中に写真撮影をしていた主催者側のスタッフの大きなシャッター音ばかりは、無粋以外の何ものでもありませんでした。演奏曲目と演奏者は以下。

「いざよい(十六夜)」 箏と尺八のための(1983)
 尺八=藤原道山、箏=遠藤千晶

「瓔(よう)」 箏独奏のための十段(1972)
 箏=小宮瑞代

「アキ」 二つの尺八のための(1969)
 第一尺八=藤原道山(一尺八寸管・二尺管)、第二尺八=善養寺惠介(二尺一寸管・二尺三寸管)

額田王による前奏曲と三つの歌」(2003)
 歌・箏=久松彩子

「鶴林(かくりん)」 尺八独奏のための(1973)
 尺八=藤原道山(一尺八寸管)

「まきむく」 二面の箏と十七絃、尺八のための四重奏曲(1971)
 尺八=善養寺惠介、第一箏=帯名久仁子、第二箏=毛塚珠子、十七絃=河原抄子

残念なことに最初の2曲を聴き逃してしまったのですが、しかし残りの4曲はどれもじつに見事な演奏で、忘れ難い一夜となりました。

廣瀬量平さんは、日本・東洋の精神文化の古層に基盤を置き、西洋音楽のイディオムを介さない独自の芸術的達成を示した作曲家でした。1930年函館生まれ。2008年11月24日歿。78歳。京都市立芸術大学名誉教授。同大に日本伝統音楽研究センターを設立し、初代所長(2000−2004)を務めたほか、京都コンサートホール所長(2006以降)なども歴任されました。1973年以降はアジア的作風を深めましたが、表面的な民俗音楽の引用などは行なわず、また日本の伝統楽器と向き合う場合でも、中世から江戸時代にかけて発展し耳馴染みとなった「邦楽」のにおいを感じさせない、日本の音楽の原初的なエネルギーと瞑想的な拡がりを実現した「日本の音の原像」に迫る名作を多数残しています。

吉田秀和さんが1970年に書いた評論「二つの道、広瀬と武満」は、表面的なデザイン重視の音楽が氾濫し、価値の相対化が進んで目指すべき方向性が曖昧になっている今の時代にこそ、あらためて読まれてよいのではないかと思います(『吉田秀和全集第12巻』所収、白水社)。


廣瀬量平作品を収録したCDをいくつかご紹介します。『迦陵頻伽(カラヴィンカ) 廣瀬量平の音楽』。これは以前コロムビアからLPで発売されて、後にCD化もされましたが廃盤となっていたのを2007年に日本ウエストミンスター株式会社がオリジナルLPジャケット・デザインで再発したもの。1973年の文化庁芸術祭レコード部門優秀賞受賞。わたしはこのレコードを中学生の頃に聴いて、廣瀬量平の音楽が好きになりました。思い出の一枚です。

そして昨年(2009年)、カメラータ・トウキョウが廉価盤で再発した2つの作品集も必聴盤です。

 

『天籟地響/廣瀬量平 作品集』は平成元年の文化庁芸術作品賞を受賞。なかでも「天籟地響」(1976年度文化庁芸術祭優秀賞)には圧倒されます。ここでの、縄文から弥生にかけての日本の“音”が秘めていた“霊力”を引き出す“作曲”の達成は、廣瀬量平さんの“創意”であると同時に、現代日本の音楽が失いかけている自然の呪力との対話、彼岸と此岸を往還する精神世界への“遡及”でもあったように思われます。「天籟地響」の未曽有の音響世界を、小泉文夫さんや柴田南雄さんも高く評価されていました。

『クリマ/廣瀬量平の世界』。これは1997年度の文化庁芸術作品賞を受賞した2枚組CDです。Disc 1 は室内楽の代表作、Disc 2 は「ヴァイオリン協奏曲」(1979)、「尺八とオーケストラのための協奏曲」(1976)といった重要作・名曲が目白押しの充実した内容。アルバム・タイトルは「クリマ」ですが、本CDには「クリマ」は未収録。以前ビクターから発売された現代曲のオムニバスLPとCDに入っていましたが、現在はタワーレコードがビクター原盤を元に復刻した2枚組CD『現代日本管弦楽』で入手可能です。

尺八と弦楽器と打楽器のためのコンポジション「霹〜燎〜湫〜飛」、「三つの尺八のためのハレ」の二作品を、青木静夫(現鈴慕)、山本邦山、横山勝也、ほかの演奏で収録したLP『尺八1969』(芸術祭優秀賞)は、現代邦楽の隆盛を導いた歴史的名盤でした。このレコードは解説書も大変豪華で、作品解説、芸術批評、尺八に関する詳細な解説、「ハレ」の全曲楽譜まで掲載されていました。本アルバムはクラウンから2度CD化されていますが(ZY-2007、CRCM-60051)、いずれも解説書は最小限の原稿のみなのが残念。2001年発売の CRCM-60051 は「青木静夫/山本邦山/横山勝也 広瀬量平:尺八と弦楽器と打楽器のためのコンポジション」というタイトル。探せばまだ購入可能だと思います。


そして当財団から発売した、現代邦楽の最盛期に刻印された金字塔的アルバム『復刻・響――和楽器による現代日本の音楽』には、山本邦山さんと横山勝也さんの演奏で二つの尺八のための「アキ」が収録されています。附属解説書に掲載した作曲者の経歴補遺は私が下書きを準備したのですが、「1970年代以降はインドへの関心から汎アジア的な作風を深めた」という箇所を、廣瀬さんは「1973年以降はアジア的な作風を深めた」と短く訂正されました。「汎アジア」という言葉は廣瀬さんを紹介するときによく使われていたのですが、この「汎」の字をトルツメされて、また邦楽器を用いた作品を紹介する箇所では、曲名「十六夜」の表記に関して、最初は廣瀬さんから平仮名の「いざよい」と指示があり、後で「ルビがなくては読めない人もいるかと思いましたが、十六夜に直してください」ということで最終的に漢字表記に戻したという経緯がありました。

(前略)  邦楽器を用いた作品に、箏二面、十七絃、尺八のための「まきむく」(1971)、「八幡野」(1973)、「雪綾」(1975)、邦楽合奏のための「夢十夜」(1973)、尾高賞を受賞した「尺八とオーケストラのための協奏曲」(1976)、尺八と箏のための「十六夜」(1983)、能管、尺八、十七絃のための「南溟暁歌」(1998)、二十五絃箏のための「浮舟──水激(たぎ)る宇治の川辺に」(2002)などがある。なお、上掲の原解説で言及されているレコードは、日本クラウン株式会社から発売された『尺八1969』(SWS-3)で、尺八と打楽器のためのコンポジション「霹・燎・湫・飛」(1964, 67, 69, 69)と「三つの尺八のためのハレ」を収録し(「ハレ」は全曲楽譜つき)、1969年(昭和44年)の芸術祭レコード部門優秀賞を受賞した。その他、尺八独奏曲としては「渺」(1972)、「鶴林」(1973)、「魂ふり」(1982)などがある。また、二つの尺八のための「アキ」は、後に守安功による編曲版「二人のリコーダー奏者のためのアキ」(1988)が全音楽譜から出版されている。「ハレ」、「夢十夜」、「南溟暁歌」は春秋社から出版されている。

この最後にある春秋社から出版されている廣瀬量平作品集というのは、CDとその収録作品全曲の楽譜が一体となった大型本で、日本芸術文化振興会国立劇場 調査養成部 調査資料課の監修・編集による、現代作曲家が創作した邦楽器のための作品集として現在20冊がシリーズで刊行されています。(


廣瀬量平作品連続演奏会は、来年秋に第2回目が別会場で予定されています。

廣瀬量平作品連続演奏会II
日時:2011年9月24日(土)14:00
会場:渋谷区文化総合センター大和田伝承ホール(

以下のリンク先も、ぜひご参照ください。

京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センター所報
第10号
(2009年6月)PDFファイル
特集:廣瀬量平と日本伝統音楽研究 ─廣瀬量平初代所長をしのんで─
<主要作品表><年譜>
<追悼講演>
1 お別れの言葉……梅原 猛
2 京都芸大と廣瀬量平……潮江宏三
3 作曲家としての廣瀬先生……中村典子
<追悼エッセイ>
1 廣瀬量平先生の思い出……久保田敏子
2 日本伝統音楽の研究と先端的現代音楽の創造 ─ 廣瀬量平先生の秘めたる狙い ─ ……吉川周平
3 三つの「縁」 ─追想廣瀬量平”─ ……長廣比登志
4 《浮舟─水激る宇治の川辺に─二十五絃箏のための 2002》について……野坂操壽
5 廣瀬先生との電話……神戸愉樹美

京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センター所報
第1号
(2001年3月)PDFファイル
「発刊のことば」 廣瀬量平(日本伝統音楽研究センター所長)
「日本音楽研究家 吉川英史氏にきく」 聞き手:廣瀬量平、進行:長廣比登志、記録:高橋美都
<エッセイ>
「日本伝統音楽と私」 廣瀬量平

この廣瀬さんのエッセイの中で引用されている小泉文夫さんの言葉を再引用します。

「こういう新しい境地、あるいは新しいジャンルは、伝統を何となく受け継いだり、都合のよい素材を取り出して利用するのではなく、日本やアジアの歴史をもう一回掘り起こすような形でなされなければいけない。そういう形での伝統の活かし方が必要だと思います。従来のやり方だと素材を西洋音楽の枠にあてはめたり、日本の楽器を使っただけで本質的には西洋音楽の発想だったりして‥‥。それだとどうしても大切なものが死んでしまうのです。我々の本当の伝統が活きてこない。その辺のところを踏まえて廣瀬さんの今後に大きな期待をもつのですが、作品と同様に若い人達を導いてほしいとも思うのです」

京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センター ホームページ


日本伝統音楽研究センター所報 第11号(2010年6月)PDFファイル
こちらに、現所長の久保田敏子さんによる、当財団理事長 藤本草へのインタビューが掲載されています。レコード制作の思い出から、日本の伝統音楽の記録・保存を行なう当財団の活動の現状と今後の課題まで、多岐に亙って語っていますので、ぜひご覧ください。(写真とプロフィールも掲載されています)

(堀内)