じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

落語の世界は深い!part6

昨日のブログで、駅でふと耳にするメロディ…たとえば発車する際の合図であったり、列車の接近を知らせてくれる合図である「駅メロ」について書かれていましたが、確かに駅固有の、いわゆる「ご当地ソング」ってありますよね。東京・高田馬場駅鉄腕アトム」、蒲田駅蒲田行進曲」などいろいろありますが、なぜそのメロディが採用されたのか?「駅メロ」それぞれにまつわるストーリーを知るのもとても面白いことですね。というわけで、本日のブログの話題は、落語に出てくる「乗り物」について。
時代が時代なだけに、昔の人たちはとにかく自分の足で歩き回った。しかし、急ぐ必要があったり、どうしても、という時には乗り物を使うこともあったそう。江戸時代なら、駕籠。必要な時に乗る町駕籠、辻駕籠(現代でいうと、タクシー)と予約制の宿駕籠(現代でいうと、ハイヤー)がありました。通常の駕籠は二人の人間だけで担いで走るのだから、そんなに速くはない気もしますが、現実は大違い。強靭な体力を持つ駕籠かきは、現代人の想像をはるかに超える速度で走っていたそうです。その後、明治時代に入ると人力車が登場。落語の背景として昭和30年代頃が描かれることもあるので、電車や自動車も次には登場してくることになります。
弊財団で扱っているCD作品で、駕籠の出てくる落語としては、下記の噺があります。
まずは、八代目林家正蔵「蔵前駕籠」。
◆ビクター落語 八代目 林家正蔵(3) 永代橋/蔵前駕篭/穴子でからぬけ/やかん
この噺は、正蔵師匠の十八番で、治安の悪かった幕末の江戸の様子が見事に描かれており、「女郎買いの決死隊」なる名文句は、今でも語り草になっています。
浅草から吉原への道になっていた蔵前通りは、特に侍の追いはぎ、強盗が横行し、町人は難儀をしました。蔵前は台東区蔵前として、今も名が残っています。ここには幕府の米蔵があり、その前の通りが蔵前通りでした。
舞台は幕末になっていますが、この噺の原話のひとつは、それより90年も前。1775年(安永4年)の笑話集「浮世はなし鳥」に載っている小噺「おいはぎ」がそれです。駕籠かきの指導で客が着物を脱いで駕籠に乗る。追いはぎが出ると、駕籠かきが「この客はもう済みました」というものです。
因みに正蔵師匠は、1950年(昭和25年)5月、八代目林家正蔵を襲名。正蔵の名は、七代目正蔵の遺族から一代限りで借りていたので、七代目の息子の三平師匠が亡くなったのを機会に、正蔵の名前を海老名家へ返し、1981年(昭和56年)1月に、林家彦六と改名しています。
次に紹介するのは、八代目桂文楽十八番集「馬のす」。駕籠が出てくる落語ではありませんが、「電車混むね」という文言が噺の中に出てくるもの。文楽師匠十八番の短い噺。何と言っても、枝豆を食べる仕草がすばらしい! お見事!
◆八代目 桂文楽十八番集 (7枚組)
釣り好きの徳さんが、ある日いつものように釣りに出かけたところ、肝心の釣り糸がダメになってしまって、全く使い物になりません。ちょうど、そこへ白馬が通りかかったので、この馬の尻尾を見て、これは使えそうだと尻尾の毛を引っ張って、釣り糸にします。すると大漁の釣果につながり、大喜びの徳さん。友人に自慢することになるが、その話を聞いた友人の顔は深刻に。「本当に、馬の尻尾の毛を抜いたの?えらいことをしたなぁ」と。「なぜ?」理由を聞きだそうと、徳さんお酒を振る舞うことに。枝豆を食べ、お酒を飲んで、ようやく聞き出した答えは・・・。
「馬の巣」の「す」は馬の尾ということ。馬のしっぽの毛を、みそこしとかの簀にする細工に使う時に、馬のすという。つまり、馬のしっぽを、目をすかして編んだもののことを、「す」といっています。この噺の題を「馬のしっぽ」とか「馬の毛」などといわずに「馬の巣」といっているところが、まず実におかしなところ。文楽は、三代目圓馬師匠に稽古をしてもらい、「短い噺でおもしろいから教えるよ」といって教えてくれたそうです。しかし、やればやるほど難しいといって文楽は慨嘆します。短くて、かるくて、しゃれた噺だからであるわけです。
このCD集には、自動車の出てくる落語として「かんしゃく」も収録。明治40年ごろに喜劇作家益田太郎冠者が初代三遊亭圓左のために書き下ろした創作落語
明治時代には、暴君のご主人が帰ってくるときの乗り物が人力車になっているのに対して、文楽は自家用自動車で演じています。原作が明治期の上流家庭になっているのを昭和初期の噺に改めて現代化し、文楽の演目の中でもっとも現代に近いスタイルが感じられる噺となっています。
夫の横暴に耐えかねて実家に帰ってきた娘、それを迎える父親の世馴れた物腰、やわらかい意見ぶりがこの噺の中核となっており、教養と社交術がほどよく調和した明治の東京人が正確に描き出されているところが注目すべき点となっています。
以上、昨日のブログの「駅メロ」の話から、やや強引に「落語に出てくる乗り物」について噺をつなげてみましたが、駕籠〜人力車〜電車〜自動車など、落語に出てくる乗り物について、探っていくのもおもしろい切り口だと思います。それでは、本日のブログはこのあたりで。満員電車に乗って、今日も帰途につこうと思います。。。

(よっしゃん)